枕石漱流

1章 色の巻

目次

はじめに/ 光の色/ 紫外線と赤外線/ 空の色/ 海や湖の色/ 物の色/ 植物の葉の色/ 紅葉と黄葉/ 海藻の色/ シアノバクテリア/ 花、野菜、果物、穀物の色/ 白い花と黒い花/ アントシアニンの色の変化/ アサガオの多様な変異/ 青いバラ/ 果物や野菜の熟成に伴う色の変化/ 紅茶の水色/ 果物や野菜の褐変反応/ 柿の渋/ 植物色素の機能性/ 人と動物の肌や毛、目の色/ カラフルな鳥/ 構造色とは何?/ 突然変異と遺伝/ アルビノ/ シャムネコのポイントカラー/ 白変種/ ホッキョクグマ/ ホワイトタイガー/ 季節による毛色変化/ 黒変種/ 動物の血液の色/ 動物の筋肉の色/ 魚介類に含まれるアスタキサンチン/ 参考文献

 

はじめに

私たちは普段、様々な景色を見て過ごしています。この景色という言葉からは、彩り豊かで温かな雰囲気を感じることができます。しかしながら、冬景色となると一変して水墨画の世界を思い描いてしまいます。空の色、水の色、土の色、火の色、植物の色、動物の色、服の色、食べ物の色など、私たちの生活は様々な色に包まれています。色の巻では、私たちが日常何気なく目にする色について様々な視点から学んでみたいと思います。 

 

 

光の色

私たちが通常目で見える光は可視光線とよばれる電磁波です。波長で表すと380780 nm(ナノメートル)の範囲です。ナノメートルnmのメートルmは長さの単位であり、ナノn10-9 倍のことです(表1-1 単位の接頭辞を参照してください)。太陽の光をプリズムで屈折させると紫色から赤色までの様々な色に分かれます。日本人は雨上がりの空に架かる虹は七色(紫、藍、青、緑、黄、橙、赤)で表現しますが、アメリカ人は六色(藍色がないようです)で表現するそうです。虹の七色のおよその波長は、紫色380430 nm、藍色430460 nm、青色460500 nm、緑色500570 nm、黄色570590 nm、橙色590620 nm、赤色620780 nmとなります。 

赤と緑と青を光の三原色といいますが、これらの色の発光ダイオード(LED)が発明されています。青色LEDの発明には日本人の赤﨑 勇、天野 浩ならびに中村修二が大きく貢献し、2014年にノーベル物理学賞が授与されました。三色のLEDの光を混合することにより、様々な色の光を作り出すことができます。青と緑の光を混ぜると水色(シアン)、緑と赤の光を混ぜると黄色、青と赤の光を混ぜると赤紫色(マゼンタ)、そして三色の光を全て混ぜると白色になります。ほかの全ての色彩の光も三原色を適当な強さで混ぜ合わせれば作ることができるのです。
 

 

 

表1-1 単位の接頭辞

赤外線と紫外線

紫より短い波長10380 nmの電磁波は紫外線(UV)とよばれ、私たちの目で見ることはできません。紫外線は近紫外線200380 nmと遠紫外線10200 nmに分けられます。太陽の遠紫外線は大気中の酸素分子や窒素分子により完全に吸収され、地表に届くことはありません。近紫外線は便宜的にUV-A (315380 nm)UV-B (280315 nm)UV-C200280 nm)に分類されます。UV-Cは強い殺菌作用があり、殺菌灯(UVランプ)として利用されます。この効果は微生物の遺伝物質DNAが傷つけられることにより得られます。私たちの皮膚や目も同様に傷害を受けますので、殺菌灯を使うときは十分な注意が必要です。UV-Cは大気中のオゾン分子や酸素分子によって完全に吸収され、地表に届くことはありません。オゾンは地球の高度1050 kmほどの成層圏で酸素分子に太陽の紫外線が作用して生成され、成層圏に高濃度で存在しています(これを「オゾン層」といいます)。UV-Bは、そのほとんどがオゾン層によって吸収されますが、一部(0.5%程度)は地表に到達し、皮膚の炎症(日焼け)や皮膚がんの原因となります。しかし、ビタミンDを生成するという生理的に有用な効果をもたらします。最も波長の長いUV-Aは、大半が吸収されずに地表に到達し、皮膚の表皮を通り越して真皮にも届くため、肌のハリや弾力を失わせます。

赤より長い波長(780 nm1 mm)の電磁波は赤外線とよばれ、やはり私たちの目で見ることはできません。赤外線は近赤外線(780 nm4μm)と遠赤外線(4μm1 mm)に便宜的に分類されます。近赤外線は赤外線カメラや赤外線通信、家電用のリモコンなどに応用されています。遠赤外線は熱線ともよばれ、物に熱を与える効果があり、こたつや電気ストーブなどの暖房器具として、また、電気オーブンやオーブントースターなどの調理器具として利用されています。

赤外線より長い波長(1 mm1 m)の電磁波はマイクロ波とよばれます。マイクロ波は水分子に直接エネルギーを与えて温度を上げることができるので、水を含む食品を加熱調理する電子レンジ(海外ではマイクロウェーブ・オーブンとよばれます)に利用されています。

 

 

空の色

よく晴れた日の空が青く見えるのは、空気が青い色をしているからではなく、大気の成分である窒素や酸素分子に太陽の青い光が当たって強く散乱し(これを「レイリー散乱」といいます)、私たちの目に届くためです(写真1-1)。青より長い波長の光は空気分子に当たっても散乱の程度は弱いのです。 

空にゆったりと浮かぶ雲が白く見えるのは、雲に含まれている水滴や氷の結晶により太陽の可視光線が波長に関係なく、満遍なく散乱し(これを「ミー散乱」といいます)、太陽の白色光として私たちの目に届くためです(写真1-1)

朝焼けや夕焼けが見えるのは、日の出と日の入の頃の太陽の位置が関係します。太陽が地平線付近にあるときは、昼間より太陽光が大気中を通過する距離が何十倍も長くなります。太陽光が大気中の長い距離を通過する間に、波長の短い青い光は散乱されてあちらこちらに飛び散るため、見ている人の目にはほとんど届かないのです。これに対して、波長の長い赤い光は大気で散乱されにくいため、長い距離を通過して私たちの目に届くことになり、明け方や夕方の空は赤く見えるのです。

 

 

写真1-1 青い空(レイリー散乱)と白い雲(ミー散乱)

海や湖の色

海や湖が青く見えるのは、水分子が波長の長い可視光線(赤色から黄色)をよく吸収し、波長の短い青い光をあまり吸収しないためです(写真1-2)。グラスに入れた水は無色透明で青くありませんが、これは水の量が少なく、光の吸収がごく僅かなためです。海や湖のように、ある程度の水深がないと十分な光の吸収が起こらないのです。可視光が水面に降り注がれると、赤い光は水深が7 mほどで99%が吸収されてしまうそうです。波長の短い可視光も水深が深まるにつれ徐々に吸収され、70 mの深さになると水面に当てられた光の僅か0.1%しか届かなくなり、人の目ではかなり暗く感じるようです。

写真1-2 青い水を湛えた十和田湖

物の色

植物の葉や花の色、果物の色、動物の体の色などは、色素が光に照らされたときに反射散乱する光の色です。植物の葉が緑色に見えるのは、クロロフィル(葉緑素)という色素が緑色以外の光を吸収し、緑色の光を反射散乱していることによります。花の色や果物の色はカロテノイドやフラボノイドという色素が原因です。朝顔の花が青く見えたり、リンゴが赤く見えたりするのは、青色や赤色のアントシアニン(フラボノイドの一種)がそれぞれの色以外の光を吸収し、青色や赤色の光を反射散乱するためです。動物の体毛や皮膚の色はメラニンという色素によります。トラの黄色い毛は、メラニン色素が黄色以外の光を吸収し、黄色の光を反射散乱しているからです。

可視光線を全く吸収せず、すべての色の光を反射散乱する物質は真っ白に見えます。雪が白く見えるのは、先に説明した空に浮かぶ雲が白く見えるのと同じでミー散乱によります。漂白した木材パルプや綿花のセルロースから作られる紙や布が白く見えるのは、セルロース繊維間に数μm(マイクロメートル)の隙間ができ、この空隙が光を乱反射するからです。20世紀末に開発されたセルロースナノファイバーは非常に細く(幅415 nm)、繊維同士の隙間が非常に狭いため光が反射散乱しなくなり、透明な紙(ナノペーパー)を作ることができるそうです。いわゆるナノテクノロジーの貴重な産物です。このナノファイバーは鋼鉄より軽くて強い素材として注目され、実用化に向けた研究開発が進んでいます。

光をほぼ100%反射する白い色料(色材)には、貝殻や鶏卵の殻などの主成分である炭酸カルシウム、医薬品の緩下剤として用いられる酸化マグネシウム、胃のX線検査で造影剤として用いられる硫酸バリウム、塗料や絵具として用いられる酸化チタン(チタン白ともよばれます)などがあります。

白い色とは逆に、可視光線のすべての色の光を吸収し、光をまったく反射しない物質は真っ黒に見えます。絵具の色を全て混ぜると黒くなるのはそのためです。

日本人は色に関する感性が非常に豊かで、鴇色、鳶色、瑠璃色、琥珀色、桜色、すみれ色、レモン色など鳥、鉱物、宝石、花、果実などの名前をつけて色を愛で楽しみます。

先に光の三原色について説明しましたが、色料にも三原色があります。インクジェットプリンターで使われる色で、マゼンタ、イエロー、シアンの三色です。マゼンタとイエローを混ぜると赤、マゼンタとシアンを混ぜると青、イエローとシアンを混ぜると緑になり、三色を全て混ぜると黒になります。ほかのあらゆる色彩も三原色を適当な量で混ぜ合わせれば作ることができます。しかしながら、白い色を作ることはできませんので、印刷には白い紙を用いる必要があります。

植物の葉の色

植物の大きな特徴は太陽の光エネルギーを利用して光合成を行うことです。光合成は植物の葉の細胞内にある葉緑体(クロロプラスト)という細胞小器官(オルガネラ)で行われ、二酸化炭素と水を材料にして糖質と酸素が作られます。大気中に酸素があるのは植物のお陰なのです。細胞小器官という用語は本書でたびたび出てきますので、ぜひ覚えておいてください。細胞小器官は、細胞内において膜で区画化され、一定の機能をもつ構造体のことであり、核、葉緑体、ミトコンドリア、液胞、小胞体、リソソーム、ゴルジ体などを指します。葉緑体の中には、表1-2に示す光合成色素とよばれる緑色のクロロフィル(具体的にはクロロフィルaとクロロフィルb)と黄色ないし橙色のカロテノイド(具体的にはα-カロテン、β-カロテン、ルテイン)が含まれています。クロロフィルの量はカロテノイドの量より何倍も多いので、地上の植物の葉の色は一般的には緑色をしています。 

しかしながら、地上の植物で緑色の葉をつけていないものも見られます。赤シソや赤キャベツは、もちろん葉緑体をもち光合成をしますが、その他に液胞という植物の細胞に特に発達した細胞小器官の中にそれぞれシソニンやルブロブラシンという赤い色素(フラボノイドの一種のアントシアニンの仲間)が含まれているため赤紫色に見えます。また、最近野菜用として栽培され始めた赤色アマランサス(熱帯のホウレンソウともよばれ、岐阜大学が「仙寿菜」という商標名で登録したブランド野菜が販売されています)は、葉緑体のほかに液胞に赤紫色のベタシアニンという色素(ベタレインの一種)が含まれているため赤色に見えます。

ここまでに出てきたクロロフィル、カロテノイド、フラボノイド、ベタレインは植物の四大色素(表1-3)といわれており、後ほど「花、野菜、果物、穀物の色」の項目で詳しく説明します。

園芸や街路樹でお馴染みの野村カエデは春の芽出しの頃から赤紫色の葉をつけますが、これは赤いアントシアニンによります。この色素は夏場になくなるので葉の色は緑に変わります。しかし、秋になるとまた産生されるので紅葉します。

生垣として利用されるレッドロビンは常緑広葉樹ですが、春先には赤い色(やはりアントシアニンによります)の新芽が出てきます(写真1-3)。若葉は葉緑体の発達が十分でないため、若葉を太陽光から守る目的でアントシアニンが産生されると解されています。夏になり葉緑体が十分に発達してくるとアントシアニンが消え、葉の色は赤から緑に変わります。

有明海干潟に自生する塩生植物で一年草のシチメンソウは春の出芽時はピンク色ですが、夏になると緑色に変わります。秋には鮮やかな紅色に染まるため海の紅葉とよばれています。赤系の色はベタシアニンによる着色ですが、春と秋ではベタシアニンの種類が異なるようです。

以上述べたように植物の葉は基本的には2種類の光合成色素クロロフィルとカロテノイドをもつ葉緑体の緑色をしているのですが、液胞にアントシアニンやベタシアニン(これらは光合成色素ではありません)が存在すると葉は赤い色を呈するようになるわけです。

 

表1-2 光合成色素
表1-3 植物の四大色素
写真1-3 春の紅葉レッドロビン

紅葉と黄葉

緑の葉は秋になると葉緑体のクロロフィルが分解されるため緑色を失い、カロテノイドの黄色が目立つようになり、さらに液胞中に赤いアントシアニンが合成されるので紅葉します。一枚の葉に注目すると、緑から黄、橙、赤へと徐々に色の移り変わる様を楽しむことができます(写真1-4)。

イチョウやポプラの葉は秋になると赤く色づかないで黄葉(コウヨウあるいはオウヨウ)します。これは葉緑体のクロロフィルが分解・消失して緑色が消え、黄色いカロテノイドが優勢になるためです。赤いアントシアニンはつくられないため紅葉はしないのです。

写真1-4 紅葉の様子

海藻の色

私たち日本人が日常よく食べる海藻は、緑藻、褐藻ならびに紅藻です。これら3種の海藻は光合成色素で分類することができます。

アオサ(アオノリともいいます)は緑藻の仲間で、地上の植物の葉と同じようにクロロフィルとカロテノイドを光合成色素としてもっており、緑色をしています。

コンブ(昆布)やワカメなどの褐藻は、クロロフィルaとクロロフィルc(クロロフィルbはもちません)、ならびに少量のカロテンと大量の赤褐色の色素フコキサンチン(カロテノイドの一種)を光合成色素として葉緑体にもつため褐色を呈しています(表1-2を参照)。コンブは寒い気候の北海道周辺の海でよく育ち、羅臼昆布や利尻昆布、日高昆布などが有名です。一方、ワカメは北海道以南から九州にかけ生育し、縄文の時代から日本人にはよく食されていたようです。フコキサンチンはタンパク質と結合していると呈色しますが、加熱してタンパク質を変性させると遊離し、色を失います。採りたてのコンブやワカメを湯通しすると褐色から緑色に劇的に変化するのは、フコキサンチンの赤褐色が消え、熱に安定なクロロフィルの緑色が残るためです。モズクやヒジキも褐藻の仲間です。モズクも採れたては褐色ですが、湯通しするとやはり緑色が出てきます。採れたてのヒジキは苦味や渋味が強いため生で食べるには適さないので、34時間釜茹でして苦味などを抜いた後干して製品化されます。生のヒジキは茶色から褐色をしていますが、加工するにつれ黒くなります。

アサクサノリやスサビノリ、アカバギンナンソウ(「仏の耳」とよばれています)などは紅藻の仲間です。紅藻の葉緑体にはクロロフィル(クロロフィルa)とカロテノイド(カロテンとルテイン)のほかにフィコビリンという第三の光合成色素が含まれています(表1-2を参照)。フィコビリンにはフィコエリトロビリンやフィコシアノビリンなどがあり、これらの色素自身には色がありませんが、タンパク質と共有結合してフィコビリンタンパク質となり発色します。タンパク質と結合することにより、フィコエリトロビリンは紅色のフィコエリトリンに、フィコシアノビリンは青色のフィコシアニンになります。このように紅藻には3種類の光合成色素が全て含まれており、赤紫色をしています。アサクサノリやスサビノリを和紙の技法を用いて作ったものが板海苔で、おにぎりや巻き寿司に使われます。焼く前の板海苔は黒紫色や黒褐色をしていますが、焼くことにより熱に弱いフィコビリンタンパク質が色を失い、熱に安定なクロロフィルの緑色が出てきます。アカバギンナンソウも加熱すると赤色から緑色に変わります。青森県八戸地方では春先に採れるこの海藻を蒸した後、つぶして練り込み「アカハタモチ」という郷土料理をつくり、磯の香りとモチモチの食感を楽しんでいます。

シアノバクテリア

太古の地球で光合成により大量の酸素を産生したシアノバクテリア(藍色細菌)は、紅藻と同じフィコビリンを光合成色素としてもっています(鉄の巻「地球と鉄」、「生物における酸素の役割」を参照)。オーストラリア西海岸のシャーク湾には、この細菌と砂や泥でできるストロマトライトとよばれる層状のドーム型構造体が現存しており、今も盛んに酸素を大気中に放出しています。ストロマトライトの化石で最も古いものは約24億年前のものであるといわれています。

花、野菜、果物、穀物の色

私が住んでいる北国は冬が長いため、春の訪れは本当に嬉しく、心が浮き立ちます。フクジュソウの黄色い花が真っ先に咲き、続いてクロッカスが色とりどりの花を咲かせます。さらに水仙、チューリップと続きます。南の方と違い、梅と桜がほぼ同じ時期に開花するのは、北国ならではの春景色です。花には様々な色彩があり、人の目を楽しませてくれます。花はまた万有引力のように虫たちを引き寄せ、乱舞させます。

スーパーに買物に行けば、赤や橙、黄、緑など色彩豊かな野菜や果物が年中並んでおり、蝶のように女性の心を舞い上がらせます。また、小豆や大豆、黒豆、金時豆、花豆、紫黒米、黒胡麻など様々な色合いの穀物に思わず目が留まります。

植物の花、野菜、果物、穀物の色は、基本的には表1-3に示す四大色素クロロフィル、カロテノイド、フラボノイドならびにベタレインにより発現します。

緑の色素クロロフィルは光合成に必要な色素ですので、地上の植物の葉に限らず、海藻にも含まれています。クロロフィルを含む緑色の花はそれほど多くはないですが、バラ、カーネーション、アジサイ、ランにはクロロフィルを含む品種があります。ホウレンソウ、春菊、キューリ、ピーマン、キュウイ、メロンなどの野菜や果物の緑色はクロロフィルによるものです。

カロテノイドはクロロフィルと並んで光合成色素ですので、地上植物の葉や海藻に含まれています。カロテノイドは大きく2種類に分類されます。1つは「カロテン類」でα-カロテン、β-カロテン、リコペンなどがあります。もう1つは「キサントフィル類」でルテイン、ゼアキサンチン、フコキサンチン、アスタキサンチンなどがあります。カロテン類は炭素と水素原子のみで構成されていますが、キサントフィル類はこれに酸素原子が添加されている点で両者は区別されます。これまでに700種類以上のカロテノイドが自然界で見つかっているようですが、花に含まれるものは黄〜橙の色彩を与えます。
野菜や果物に含まれている代表的なカロテンとしてはカボチャ、ニンジン、マンゴーなどに含まれている橙色を呈するβ-カロテンやトマト、柿、グミなどに含まれている赤色のリコペンが挙げられます。一方、代表的なキサントフィルとしてはケール、チリメンキャベツ(サボイキャベツ)、ホウレンソウ、レタス、ブロッコリー、トウモロコシなどに含まれている黄色のルテインやオレンジ、パプリカ、トウモロコシ、パパイア、マンゴーなどに含まれている黄色のゼアキサンチン、柑橘類、パパイアなどに含まれている橙色のβ-クリプトキサンチンが挙げられます。β-カロテンは人の体内でビタミンAに変換されるため、プロビタミンAともよばれています。トウガラシに含まれている赤色のカプサンチンはキサントフィルの仲間であり、辛味の成分カプサイシン(これは無色です)とは違うので区別して覚えてください(食の巻「トウガラシの辛み」を参照してください)。

フラボノイドに分類される化合物は7,000種以上存在するようで、構造の違いにより紫色、青色、淡黄色、橙色、赤色と幅広い色彩を放ちます。フラボノイドは光合成色素ではないので葉緑体には存在せず、液胞に存在します。フラボノイドはアントシアニジン、フラボン、フラボノール、オーロン、カルコンなどに分類されます。

よく知られているアントシアニンはアントシアニジンの配糖体(糖が結合したものを配糖体といいます)の総称です。アントシアニンは花、果物、野菜、穀物に存在し、赤色、青色、紫色を呈します。赤ブドウ(黒ブドウ)には構造の異なる13種類ほどのアントシアニンが含まれており、品種毎に特有の赤みや黒みを呈します。赤シソや赤キャベツに含まれるシソニンやルブロブラシンという赤紫色のアントシアニンは「植物の葉の色」のところですでに説明しました。ナスの皮や黒豆の種皮には、それぞれナスニン、クロマミンという青紫色ならびに暗赤紫色のアントシアニンが含まれています。お気付きのように、シソニン、ナスニン、クロマミンという化合物名はシソ、ナス、黒豆にちなんで名付けられており、名付け親は日本で最初の女性化学者黒田チカです。

酔芙蓉は夏の早朝に開花したときは白い色をしていますが、時間が経つとともに赤味を帯び、夕方にはお酒を飲んで酔ったように紅色に染まります。これは太陽の光を浴びて、花弁細胞の液胞内に時間とともにシアニジン-3-サンブビオシドとシアニジン-3-グルコシドというアントシアニンが合成されてくるために見られる不思議な現象です。

フラボノールの一種クェルセチンの配糖体(グルコースとラムノースからなるルチノースという二糖が結合しています)であるルチンはソバ、グレープフルーツ、レモンなどに含まれており、黄色を呈します。ダッタンソバには普通のソバの100倍ほどのルチンが含まれているため黄色が強く、食欲をそそられます。

カルコンやオーロンはフラボノイドの中では特に濃い黄色を呈し、カーネーション、ボタン、アスター、シクラメンなどの花はカルコンにより黄色に発色しており、ダリア、キンギョソウ、ヘリクリサムなどの花はカルコンとオーロンにより黄色を呈しています。

四大色素の残りはベタレインで、この色素は窒素原子を含み、フラボノイドと同様に糖と結合した配糖体として存在するため水に溶けやすくなり、細胞内では液胞に含まれています。大きくベタシアニンとベタキサンチンに分類され、ベタシアニンは赤紫色、ベタキサンチンは黄色を呈します。ベタレインを含む植物はナデシコ科、イソマツ科、ザクロソウ科(これら3つの科の植物はアントシアニンを合成します)を除くナデシコ目に限られています(生物の分類で目の下に科が置かれています)。代表的なものはマツバギク、マツバボタン、ソバ、ケイトウ、アマランサス、キヌア、ツルムラサキ、フダンソウ(スイスチャード)、サボテン、オシロイバナなどがあります。赤色アマランサスについては、すでに植物の葉の色のところで説明してあります。

ロシア料理の「ボルシチ」というスープに用いられる根菜テーブルビート(ビーツともよばれます)は、砂糖の原料に使われるテンサイ(サトウダイコンともいいます)の仲間で、燃えるような赤い色をしていることから日本では「火焔菜(カエンサイ)」ともよばれています。テーブルビートの色はベタシアニンとベタキサンチンによるもので、これらの色素の割合によって赤紫色や黄色、オレンジ色の品種があります。

白い花と黒い花

白い花は淡黄色のフラボンやフラボノールというフラボノイド色素が花弁の上面表皮組織に存在しますが、可視光をほとんど吸収しません。光は表皮を素通りして、その下にあるスポンジ状組織に達します。光はこの組織の中にある気泡に反射散乱されるため、人の目には薄い淡黄色はほとんど見えず、白く光って見えるのです。ちょうどビールをグラスに注いだ時にできる泡が白く見えるのに似ています。フラボンやフラボノールは花だけでなく葉にも存在し、紫外線を吸収する性質があるため、植物を紫外線の障害から守る働きがあると考えられています。

黒い花には黒い色素が含まれているのではなく、クロロフィルやカロテノイド、アントシアニンの組み合わせ、あるいは花弁への多量の蓄積により黒い色彩が生まれます。バラやパンジー、ユリ、カーネーション、ビオラ、チューリップ、ダリア、タチアオイなどに黒色品種があります。

 

アントシアニンの色の変化

ここでアントシアニンについての面白い性質を紹介します。アントシアニンの一種であるシソニンは溶液のpHにより色が変わり、中性では紫色ですが、酸性では赤色、アルカリ性では青色を呈します(pHについては水の巻「水のpH」を参照してください)。赤シソで梅を漬けると、梅に含まれる酸により梅が赤く染まるのはこのためです。

原種のアサガオは青い花を咲かせますが、つぼみのときは赤紫色で、開花すると青色になるという不思議な性質があります。これはアサガオの花弁細胞の液胞に含まれているヘブンリーブルー・アントシアニン(HBA)が、液胞のpHの変化をうけて色彩を変えるためです。液胞のpHはつぼみのときに6.6ですが、開花時に7.7に上がることが実験的に確かめられています。

アジサイは、デルフィニジンという青系のアントシアニジンを含む萼(ガク)が大きく発達した装飾花を咲かせます。原産地は日本であるといわれており、万葉集にも歌われています。アジサイは酸性土壌では青い花を咲かせますが、アルカリ性土壌では赤い花になります。これはデルフィニジン色素とアルミニウムイオンとの結合性によると考えられています。酸性土壌では金属のアルミニウムがイオンとなって溶け出し、アジサイに吸収されてデルフィニジンと結合し青色を呈しますが、土壌が中性やアルカリ性ではアルミニウムが溶け出さず、アジサイに吸収されないためデルフィニジンはアルミニウムイオンと結合せず、赤色を呈するというわけです。

アサガオの多様な変異

アサガオの原産地は中南米ともアジアともいわれています。日本へは奈良時代末に遣唐使が種子を持ち帰って渡来したとされています。江戸時代に武士や町人はアサガオに多様な変異体を見つけ、観賞用に盛んに品種改良して、様々な花の色や形を楽しんだようです。アサガオには以下のような原因で多様な変異がおこると考えられます。

アサガオの原種に含まれているHBAは、フェニルアラニンというアミノ酸から10段階以上の酵素反応により合成されますが、合成経路で働く様々な酵素の遺伝子に突然変異がおこり、活性のある酵素を合成できなくなると、中間段階の色素が作られ原種の青い色とは異なる色彩(例えばピンク)の花ができる場合があります。色のある中間物質の合成に至らない場合には、白いアサガオが生まれます。

ここで酵素について簡単に説明します。生体内の様々な代謝には酵素が関与しています。酵素とは生体触媒のことで、一般的にはタンパク質です。特殊な酵素として、RNAという核酸が酵素活性をもつものがあり、リボザイムとよばれています。タンパク質の情報をもっている遺伝子の突然変異については、後述する「突然変異と遺伝」を参照してください。

HBA合成経路が働かなくなった場合には、ウェディングベル・アントシアニン(WBA)というHBAとは少し基本構造の異なる色素を合成する別の経路にシフトすることがあります。WBAは青系のHBAと異なり、マゼンタや紅色など赤系の花を咲かせます。

原種のHBAが開花時に青色を呈するためには、アントシアニンが含まれている液胞内のpH7.7くらいの弱アルカリ性になる必要があることをすでに説明しましたが、これには液胞から水素イオン(プロトンともいいます)を汲み出すプロトンポンプというタンパク質が関与しています。水素イオン濃度が高いと酸性、低いとアルカリ性となります。突然変異によりこのポンプがうまく合成されないと、液胞内は弱酸性のままで、HBAが存在していても赤紫色を呈することになります。

 

青いバラ

青いバラは自然界には存在しません。そのため英語のa blue roseには「不可能なもの」あるいは「できない相談」という意味があります。バラの花には赤、オレンジ、ピンク、黄など様々な色があり、これらの色はフラボノイド色素のアントシアニン(アントシアニジンの配糖体)に由来します。アントシアニジンはシアニジン、ペラルゴニジン、デルフィニジンの3系統に分類され、アサガオのところで説明したHBAはシアニジン系、WBAはペラルゴニジン系、アジサイの色素はデルフィニジン系です。バラにはシアニジン系とペラルゴニジン系の色素はあるのですが、フラボノイド3’,5’-水酸化酵素がないためデルフィニジン系の青い色素は合成されません。2002年にサントリーというウイスキー造りで有名な会社の研究者たちが、パンジーからこの酵素の遺伝子を取り出してバラに遺伝子組替え技術をもちいて導入し、デルフィニジン系の青い色素をもつバラ(青いバラ)を創ることに世界で初めて成功しました。そして2009年にSUNTORY blue rose APPLAUSEの商品名で世に出されました。

青いバラは遺伝子組替え技術をもちいて創られたので、「遺伝子組替え生物等の使用等の規制による生物多様性の確保に関する法律」に基づき、青いバラの花粉を野生バラなどに受粉させるなどの交雑試験を行い、導入遺伝子が野生バラに広がる心配がないことを実証して、農林水産省と環境省から販売のための認可が得られています。

果物や野菜の熟成に伴う色の変化

バナナやミカン、トマトは、もともと緑色をしていますが、熟成が進むにつれて徐々に黄色や橙色、赤色にそれぞれ変わって行きます。このような色の変化では、まず、クロロフィラーゼやジオキシゲナーゼなどの酵素により光合成色素クロロフィルが分解されて緑色が消失して行きます。クロロフィルの消失に伴い、バナナでは共存していたもう1つの光合成色素カロテノイドの黄色が現れてきます。バナナの皮が緑色から黄色に変わるのは、イチョウの葉が秋に黄葉するのと似ています。ミカンではβ-クリプトキサンチンなどの生合成が促進されて橙色に変わり、トマトではリコペンが合成されて赤色に変わるのです。

未熟なパプリカはピーマンと同じように緑色をしていますが、成熟したパプリカには赤や黄、橙など様々な色彩のものがあります。これは「パプリカ色素」という様々な色のカロテノイド、すなわち赤色のカプサンチンやカプソルビン、橙色のβ-カロテンやβ-クリプトキサンチン、黄色のゼアキサンチンやビオラキサンチンなどの量と割合により決まります。緑のパプリカ(ヌーベルとよばれています)がありますが、これは成熟してもクロロフィルが残る変異種です。ピーマンは緑色のものが一般的ですが、これは未熟なものを収穫するからであり、成熟すればクロロフィルが減り、カプサンチンやカプソルビンが増えて赤色に変わります。また、カラーピーマンと称して、パプリカと同じような色彩のピーマンも作られています。

バナナやミカン、トマト、パプリカ以外に、リンゴやブドウなども実が成りはじめの頃は緑色をしています。熟成にともない赤色や赤紫色に変わりますが、これは果皮にアントシアニンが蓄積することによります。アントシアニンを合成できない品種は、黄色いリンゴ(「きおう」、「王林」などが有名です)や白ブドウというわけです。白ブドウといっても、実際の果皮の色は黄緑系です。赤ブドウのアントシアニン合成に関与する調節遺伝子が突然変異してこの色素を生成できなくなり、白ブドウの品種が誕生したと考えられています。

紅茶の水色

紅茶は緑茶と並んで日本でもよく飲まれる飲み物ですが、ここでは紅茶の水色(スイショク)すなわち紅茶をお湯で抽出したときの色についてお話ししたいと思います。紅茶はその製造過程で発酵とよばれる工程がありますが、これは微生物を使った発酵とは異なり、茶葉に含まれるポリフェノールオキシダーゼ(PPO)という酸化酵素により葉の色を褐色に変化させることで、褐変反応とよばれます(次の「果物や野菜の褐変反応」を参照してください)。お茶の葉にはカテキンという無色の渋味成分が含まれており、これはフラボノイドの一種フラバノールの仲間です(前述したソバのルチンが属するフラボノールとは違いますので区別して覚えましょう)。茶カテキンにはエピカテキン、エピガロカテキン、エピカテキンガレート、エピガロカテキンガレートの4種があり、これらのカテキンが発酵の工程でPPOにより酸化重合して、テアフラビンやテアルビジンへと変化します。テアフラビンはカテキンが2分子重合したもので、紅色を呈します。一方、テアルビジンはテアフラビン同士が結合した特定の分子構造をもたない巨大な物質で、これも紅茶の水色に大きくかかわっています。テアルビジンの方がテアフラビンより1030倍ほど多く含まれていますが、テアルビジンが多いほど紅茶の質は悪く、一方、テアフラビンが多いほど紅茶の質が良いといわれています。品質の良い紅茶を作るにはテアフラビンを増やし、テアルビジンを減らす発酵技術が求められるのです。

緑茶は、茶葉を摘んだ後すぐに加熱処理をしてPPOの酵素活性を無くすため褐色にはならず、緑色(クロロフィルの色)のままです。

紅茶にレモン汁を入れると紅色が消えてしまいます。レモン汁に含まれているクエン酸が紅茶を酸性にすることによりテアフラビンの構造が少し変わり(専門的にいうとプロトン化がおこりマイナス電荷がなくなります)、無色になることが分かっています。テアルビジンの構造は不明ですが、おそらく酸性になるとテアフラビンと同じような構造変化がおこり、無色化がおこると思われます。

果物や野菜の褐変反応

リンゴやモモ、ナシ、バナナなどの果物、あるいはレタスやナス、ジャガイモなどの野菜を切ったり、剝いたりしてしばらく放置しておくと褐色に変化する(これを褐変といいます)のを日常よく見かけます。これは切断面でポリフェノール類が先の紅茶のところで述べたPPOなどの酵素の作用で酸化され、褐色の物質が作られることによります。褐変反応を引き起こす生体物質(いわゆる酵素の基質です)としては、茶葉に多く含まれているカテキン類、リンゴやジャガイモに多く含まれているクロロゲン酸、レタスに多く含まれているチコリ酸などがあります。PPOと基質は細胞内の異なる細胞小器官に局在しているので、通常、両者が接触することはなく、褐変反応は起こりません。しかし、果物や野菜を切ったり、つぶしたりして細胞が破壊されると、酵素と基質が接触して酵素反応が始まるのです。

褐変反応には即時型と遅延型があります。即時型は細胞内に酵素と基質が十分存在しており、細胞が破壊されることにより速やかに褐変が起こる場合で、リンゴやモモ、バナナなどで見られます。一方、遅延型はカットレタスのように切断してから数日かかって褐変する場合です。遅延型の場合には、基質のポリフェノールがわずかしか存在しないため、まず、切断面にフェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)という酵素が生合成されます。次いで、PALによりポリフェノールが生合成され、順次PPOにより酸化されて褐変反応が起こります。このようにカットレタスが褐変するにはポリフェノールを新たに合成する必要があるため時間がかかるわけです。

カットリンゴなどを1%程度の食塩水に浸したり、レモン汁(ビタミンCが有効成分です)をかけたりするとPPOの活性が阻害され、褐変を防ぐことができます。また、カットレタスでは50℃くらいのお湯に90秒間ほどさらしてヒートショックを与えると、PALの合成が抑制されるため褐変を抑えることができます。

柿の渋

柿の渋とはカキタンニンとよばれる水溶性ポリフェノールの一種で、「紅茶の水色」のところで説明したエピカテキン、エピガロカテキン、エピカテキンガレート、エピガロカテキンガレートが重合してできたものです。分子の大きさを表す分子量は15,000くらいだと推定されています。甘柿は収穫までに樹の上でタンニンの不溶化が起こり、渋味が抜けますが、渋柿は渋が残ったまま収穫期を迎えます。渋柿を生のまま食べると水溶性であるタンニンが、舌や口腔粘膜のタンパク質と結合して変性させることにより渋味を感じるといわれています。 

渋柿をエタノールで処理すると柿の中でアセトアルデヒドという物質に変化し、水溶性のタンニンを不溶性にします。不溶性タンニンはタンパク質を変性させる作用がないので、渋味を感じなくなります。渋柿の皮を剥いて干すことにより、水溶性のタンニンが不溶性になって渋みがなくなり、甘みを感じるようになります(写真1-5)。干し柿の表面に付着する白い粉は、ブドウ糖や果糖、ショ糖、マンニトールなどの糖分が結晶化したものです。 

 

 

 

写真1-5 干し柿

植物色素の機能性

これまで植物の四大色素クロロフィル、カロテノイド、フラボノイド、ベタレインについて色々と説明してきましたが、いずれの色素にも人の健康のために有効な機能が明らかにされています。

クロロフィルには染色体異常の発症を抑制する効果、コレステロール値を下げ血中脂質を正常化するはたらき、口臭・体臭を予防する効果などが認められています。

カロテノイドのうちのキサントフィル類には以下のような有用な機能が見出されています。コンブやワカメなどに含まれるフコキサンチンには抗酸化作用、抗肥満作用、抗糖尿病作用、抗腫瘍作用などが認められ、サケやマスに含まれているアスタキサンチンには網膜保護作用、脂質利用促進効果、美肌効果のほか、動脈硬化抑制、血圧上昇抑制、眼精疲労改善、人認知機能改善、インスリン抵抗性改善などの効果が報告されています。温州みかんに豊富に含まれているβ-クリプトキサンチンは高齢女性の骨粗しょう症の発症を抑えることが明らかにされています。

ケールやホウレンソウなどに含まれるルテインとパプリカやトウモロコシなどに含まれるゼアキサンチンは構造異性体であり、ヒトの目の水晶体や網膜の黄斑などに存在しますが、体内で合成できないので食物から摂取する必要があります。カメラに例えると、水晶体はレンズに、網膜はフィルムにそれぞれ相当し、黄斑は網膜中心部の視細胞が密集している場所で、ものを見るときは黄斑にピントを合わせるそうです。ルテインとゼアキサンチンは抗酸化作用を有し、水晶体や黄斑を光により生ずる活性酸素の障害から守る働きがあります。また、加齢によって起こる白内障(水晶体が白く濁ってくる病気)や黄斑変性症(黄斑の組織構造が壊れる病気)を予防する効果が認められています。

フラボノイドには7,000種を超える色素化合物の存在が明らかにされており、人の健康の維持・増進に役立つものも多数ありますが、その中からいくつかをピックアップしてご紹介します。

ブルーベリーはアントシアニンを豊富に含むことが広く知られており、そのアントシアニンには25種類ほど存在することが見出されています。ブルーベリーには様々な品種があり、品種ごとに含まれているアントシアニンの種類や含量が異なります。ヨーロピアンビルベリーという品種はブルーベリーの中で最もアントシアニン含量が高いことが分かっています。アントシアニンには目のピント調節機能をサポートし、焦点を合わせやすくすることで目の調子を整える機能があることが報告されています。

大豆に含まれるゲニステイン、ダイゼイン、グリシテインなどのイソフラボン(フラボノイドの一種)は大豆イソフラボンと総称され、女性ホルモンのエストロゲン様作用があるため更年期障害の改善に効果があるといわれています。また、骨のカルシウムの溶出(専門的には骨吸収といいます)を抑える働きがあるため、骨の健康維持に効果があります。

ウーロン茶には、製造する際に緑茶葉を半発酵させる過程でカテキン類が重合して生じるウーロン茶重合ポリフェノールが含まれており、このポリフェノールが膵リパーゼ(食餌脂肪を分解する消化酵素です)を阻害する作用をもつため、腸管からの脂肪吸収を抑制し、食後の血中中性脂肪の上昇を抑えることが確認されています。

昔からお酒を飲む前に柿を食べると悪酔いしないといわれています。これはウサギを用いた実験で確かめられています。柿果汁を与えたウサギにアルコールを投与すると血中アルコール濃度やアセトアルデヒド(これはアルコールの代謝産物で悪酔いの原因物質となります)濃度が柿果汁を与えなかった対照ウサギに比べて著しく抑えられることが明らかにされています。人でも柿の同様の効果が証明されています。「柿の渋」のところで説明したように、柿にはカキタンニンという渋味物質が含まれており、これがアルコールの吸収を抑えるのではないかと考えられています。このような柿の機能性に着目して島根大学を中心として開発されたドリンク剤が、西条柿を活用した「晩夕飲力」です。皆さんも一度試してみませんか。

ベタレインの機能性については、クロロフィル、カロテノイド、フラボノイドほど研究が進んでいませんが、ルチンやカテキンなどより強い抗酸化能があることが報告されています。

以上、植物色素には種々の機能が明らかにされており、これを含み機能性が表示された食品(保健機能食品)が販売されています。保健機能食品には「特定保健用食品」、「栄養機能食品」、「機能性表示食品」の3つがあり、消費者庁のホームページには次のように説明されています。

特定保健用食品(いわゆるトクホ)とは、健康の維持増進に役立つことが科学的根拠に基づいて認められ、「コレステロールの吸収を抑える」など表示が許可されている食品です。表示されている効果や安全性については国が審査を行い、食品ごとに消費者庁長官が許可しています。

栄養機能食品とは、一日に必要な栄養成分(ビタミン、ミネラルなど)が不足しがちな場合、その補給・補完のために利用できる食品です。すでに科学的根拠が確認された栄養成分を一定の基準含む食品であれば、特に届出などをしなくても、国が定めた表現によって機能性を表示することができます。

機能性表示食品とは事業者の責任において、科学的根拠に基づいた機能性を表示した食品です。販売前に安全性および機能性の根拠に関する情報などが消費者庁長官へ届け出られたものです。ただし、特定保健用食品とは異なり、消費者庁長官の個別の許可をうけたものではありません。

以上3つの保健機能食品に関する情報は消費者庁のホームページから得ることができます。

 

人と動物の肌や毛、目の色

人の肌や髪、目の色はメラニンという色素で決まります。メラニンはメラノサイト(メラニン細胞)のメラノソーム(メラニン顆粒)という細胞小器官で生成される色素で、黒色から茶色のユーメラニンと赤色から黄色のフェオメラニンの2つのタイプがあります。ユーメラニンはチロシンというアミノ酸からチロシナーゼという酵素の作用で作られるドーパキノンがさらに変化し結合して生成されます。この時、システインというアミノ酸が存在すると、これとも結合してフェオメラニンが生成されます。メラノサイトは皮膚や毛根部、目の虹彩や網膜に存在し、この細胞が作るユーメラニンとフェオメラニンの量や割合が人の肌や髪、目の色を決めているのです。

人の皮膚は表皮と真皮と皮下組織からできています。表皮の真皮側の基底層にはケラチノサイト(角化細胞)の幹細胞とメラノサイトがあり、メラノサイトで生成されたメラノソームがケラチノサイトに渡されます。ケラチノサイトはケラチンというタンパク質を生成し、分裂を繰り返しながら角質層を作り、最終的には垢(アカ)となって皮膚から脱落していきます。人ホモ・サピエンスは800万年以上前にアフリカ大陸東部の大地溝帯というところで、チンパンジーと共通の祖先から分かれて進化したと考えられています(水の巻「大地溝帯のアルカリ性塩湖」を参照してください)。そして、進化の過程で体毛を失い(実際には毛が薄くなったといった方が正確かもしれません)、地肌が露出されてきました。チンパンジーの皮膚にはほとんどメラニン色素がなく、白い肌をしています。チンパンジーは体毛により紫外線の障害から地肌が守られていますが、人は体毛を失うにつれて地肌に紫外線が当たるようになったため、皮膚にメラニンがつくられ紫外線から守られるようになったと考えられます。赤道付近の紫外線が強い地域で誕生した人類の祖先は皮膚に多量のメラニンが沈着し、肌の色が黒い黒人(ネグロイド)となったわけです。ホモ・サピエンスの一部は10万年以上前にアフリカ大陸を離れ、氷河期という環境に適応しながら地球上の様々な場所に移動して行きました。そのような人類の移動の中で肌のメラニン色素が減り、白人(コーカソイド)および黄色人(モンゴロイド)が誕生しました。黒人、白人および黄色人の肌の色の違いは皮膚のユーメラニンとフェオメラニンの量や割合を反映しています。白人はメラニンが極めて少ないために肌の色が白いのです。日本人はモンゴロイドの仲間で、黒人と白人の中間のメラニン量をもつため肌の色は黄色なのです。メラニンは肌の紫外線防御効果があるため、夏などに太陽の光をたくさん浴びると皮膚のメラニン産生が増えて肌が黒くなっていく(これを日焼けといいますね)のを多くの方が経験していると思います。

哺乳類は一般に、全身を毛で被われているので「けもの」あるいは「けだもの」ともよばれます。毛は皮膚の真皮と皮下組織の境界領域にある毛球というところで作られます。そこには毛母細胞とメラノサイトがあり、メラノサイトで生成されたメラノソームは毛の主成分であるケラチンを作っている毛母細胞に渡されて毛を着色します。毛母細胞が分裂を繰り返し、毛が作られていきます。毛球のメラノサイトで生成されるユーメラニンとフェオメラニンの量や割合が、人や哺乳動物の毛の色を決めます。

人の髪の色は基本的には黒髪、栗毛、金髪、赤毛というようによばれています。ユーメラニンが大量にありフェオメラニンがほとんどないと黒髪になり、フェオメラニンが多くユーメラニンが少ないと赤毛になります。ユーメラニンよりフェオメラニンを多く含むが赤毛ほどではない場合は金髪になり、金髪よりユーメラニンを多く含み黒髪と異なりフェオメラニンもある程度含むと栗毛になります。

目の色はふつう虹彩の色をいいます。虹彩とは瞳孔(瞳ともいう)の大きさを調節して網膜に入る光の量を調節する役目をしており、カメラの絞りに相当します。明るい所では瞳孔が小さくなり、暗い所では瞳孔が大きくなりますので、自分の目で確かめてみるとよく理解できると思います。人の目の色には茶色、琥珀色、緑色、灰色、青色など色々ありますが、これも虹彩に存在するユーメラニンとフェオメラニンの量や割合が影響しています。ただし、メラニン色素には青色はないので、青い目は後述するように虹彩の特殊な構造にもとづく構造色であると考えられています。

目の網膜色素上皮には大量のメラニン色素が含まれているため網膜は真っ黒であり、瞳孔から目に入った光は全て吸収されてしまうので、人種を問わず瞳は黒く見えます。

暗い所で写真を撮るときにフラッシュを焚くと瞳が赤く写ること(赤目現象)があります。これは暗いときには瞳孔が大きく開いており、フラッシュが光ったときに瞬時に閉じることができないので、大量の光が目の中に入ってきて赤い光が網膜で反射して起こる現象です。赤目を防ぐにはカメラに備わっている赤目緩和機能を使い、シャッターを切る前に一度フラッシュを少し光らせて瞳孔を閉じ、それからもう一度フラッシュを焚いてシャッターを切ればよいとされています。ネコなどは網膜の後に輝板という組織があり、これにフラッシュの光が反射して瞳が緑色に写ることがあります(写真1-6)。

 

写真1-6 ネコの緑目

カラフルな鳥

鳥類にはメラニン色素の沈着した羽毛以外に、カラフルな羽毛で全身が被われているものがいます。オオルリやカワセミ、クジャクなどの青色は後述する構造色に起因するものであり、青い色素が羽に沈着しているわけではありません。 

フラミンゴやカナリア、インコ、トキなどはピンクや黄色、緑色などの羽毛を身にまとっていますが、これらの羽毛色は食餌に含まれているカロテノイド系色素が羽毛に沈着して生じます。カナリアの黄色い羽毛は穀物などに含まれているキサントフィルの一種である黄色い色素ルテインによります(「1-3 植物の四大色素」を参照)。カナリアにキサントフィルの含まれない餌を与えると黄色い羽は白色に変わり、赤いパプリカの粉を混ぜた食餌を与えると羽の色は赤に変わるそうです。

セキセイインコの緑色は後述する構造色の青色とカロテノイドの黄色が組み合わさって生じると考えられています。

フラミンゴの羽の色は淡いピンクから鮮やかな紅色をしています(写真1-7)。フラミンゴはアフリカ、南ヨーロッパ、中南米などのアルカリ性塩湖に生息し、そのような湖に育つスピルリナSpirulinaを特殊なくちばしで濾過摂食しています。スピルリナはシアノバクテリア(藍色細菌)の仲間で、幅58 μm、長さ0.30.5 mmほどの比較的大きな「らせん形」の単細胞藻類で、その名前はラテン語のSpira(らせん形の)に由来します。フラミンゴはスピルリナを主食としているため、この微生物のもつ光合成色素カロテノイド(βカロテンやカンタキサンチン)が羽に沈着してピンクや紅色を呈するのです(色の巻「表1-2光合成色素」ならびに「シアノバクテリア」、水の巻「大地溝帯のアルカリ性塩湖」を参照してください)。色素が含まれていない餌をフラミンゴに給与し続けると羽の色は白くなってしまうため、動物園で飼育されているフラミンゴには羽の色を保つためにカンタキサンチンを添加した餌が与えられています。

 

写真1-7 色鮮やかなフラミンゴ

構造色とは何?

メラニン色素には青色はありませんので、人や動物の青い目、カワセミやオオルリ、クジャクの青い羽、モルフォ蝶やタマムシの青い翅(ハネ)などはメラニンの色が見えているのではありません。これは虹彩や羽、翅の特殊な構造により、光が散乱や干渉することによりブルーに見えているのです。このような発色メカニズムを構造色といいます。

アマガエルの皮膚は緑色をしていますが、皮膚に緑色の色素はありません。皮膚の緑色は構造色なのです。また、緑の葉の上にいるときは緑色ですが、枯葉の上では茶色というように、いる場所の背景の色に応じて体の色を変化させることができます。アマガエルの皮膚の真皮には3種類の色素胞(色素細胞)が層状に存在し、表皮側からカロテノイド色素を含む黄色素胞(ザンソフォア)、グアニン結晶を含む虹色素胞(イリドフォア)、そしてメラニン色素を含む黒色素胞(メラノフォア)が虹色素胞を包み込むように並んでいます。アマガエルが緑の葉の上にいるときは黒色素胞のメラニンは一カ所に集まっており、細胞全体には広がっていません。このとき表皮から入った光のうち青と紫は黄色素胞で吸収されますが、緑、黄、赤の光は透過します。次いで緑の光は虹色素胞で反射されますが、黄と赤の光は透過し、黒色素胞で全て吸収されます。このようにして緑の葉の上のアマガエルの体は緑色をしているのです(写真1-8)。ところが枯葉などの上にいると、メラノサイト刺激ホルモン(MSH)が黒色素胞に作用して、メラニンが細胞全体に広がります。すると虹色素胞もメラニンで被われるようになり、緑の光が反射されなくなるのでアマガエルは緑色から茶色に変色するというわけです。アマガエルの体色変化は、捕食者から身を守るための保護色として役立っているのです。

写真1-8 緑の葉に佇む雨蛙

突然変異と遺伝

ここで、後述する動物のメラニン形成の異常による「アルビノ」や「シャムネコのポイントカラー」、「白変種」などを理解するために、突然変異と遺伝について勉強したいと思います。

私たちは父親の精子と母親の卵が合体してできる受精卵から誕生します。精子と卵を配偶子といいます。ヒトの細胞には46本の染色体があり、そのうち44本が22対の相同な常染色体で、残りの2本が1対の性染色体(XXまたはXY)です。配偶子の精子および卵を精巣および卵巣でそれぞれ形成する際に減数分裂という現象がおこり、精子には22本の常染色体と1本のXまたはY染色体が存在し、卵には22本の常染色体と1本のX染色体が存在することになるのです。そして、精子と卵が受精すると、それぞれがもっていた22本の常染色体が合わさり44本になり(相同染色体が22対)、さらに精子がX染色体をもっていれば卵のX染色体と合わさり性染色体はXXとなり女性が誕生し、精子がY染色体をもっていれば卵のX染色体と合わさり性染色体はXYとなり男性が誕生します。このように受精により配偶子のもつ染色体を2組もつ個体は二倍体といいます。

ヒトを含む哺乳類の性を決定するのは、このように精子のXあるいはY染色体ですが、鳥類では異なります。鳥類の雌の性染色体はZWであり、雄はZZです。したがって、配偶子の卵には1本のZあるいはWという性染色体が含まれ、精子には1本のZ性染色体が含まれるので、鳥類の雌雄を決定するのは精子ではなく卵であるということになります。

植物の多くは1つの花の中に雌しべと雄しべという雌雄の器官がある両性花植物ですが、そのほかに単性花(雄花と雌花に大別される)を同一の株につける雌雄異花同株植物(例えばキュウリやゴーヤ、カボチャ、トウモロコシなど)や異なる株(雄株と雌株)に単性花をつける雌雄異株植物(例えば、ホウレンソウやアスパラガス、キウイフルーツ、ホップ、イチョウなど)があります。雌雄異株植物には、動物の雌雄異体と同じように性染色体が存在します。

食の巻「ミツバチ」のところで述べるように、昆虫のハチやアリの場合は、雌は卵と精子の受精により生まれる二倍体ですが、雄は卵の単為発生により生まれるので半数体とよばれます。

遺伝子は染色体上にあり、タンパク質の情報をもっています。遺伝子には、しばしば突然変異すなわち遺伝子の本体である核酸DNAの塩基配列に変化がおこり、ひいてはこれがタンパク質の変化につながります。タンパク質は、20種類のアミノ酸が直鎖状に配列してできています。ヒトの体内には2万種類以上のタンパク質が存在しますが、それぞれのタンパク質は構成するアミノ酸の数や配列順序が異なります。タンパク質のアミノ酸の配列順序の情報を担っているのがDNA4つの塩基アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)およびチミン(T)の配列順序なのです(RNAではチミンの代わりにウラシル(U)が使われます)。そして1つのアミノ酸の情報は3つの塩基の配列(これをコドンといいます)で決まっています。例えば、コドンがCGGであればアルギニンというアミノ酸を指定し、CGというコドンはグルタミンというアミノ酸を指定して、図1-1に示すように遺伝子からタンパク質が合成されます。したがって、遺伝子DNAの突然変異がタンパク質の構造を変えてしまうということが起こるわけです。例えば、図1-13番目のコドンはCGGですが、このコドンの2番目の塩基GAに点変異(point mutation)するとCAGというコドンになり、これはアルギニンではなくグルタミンというアミノ酸を指定することになるので、タンパク質の構造が変わるわけです。

生体内の様々な代謝に関与する酵素はタンパク質であり、その遺伝子に突然変異が起こると酵素活性がなくなったり、性質が変わったりします。身近な酵素の例としてチロシナーゼを取り上げてみましょう。チロシナーゼは上述したようにメラニンを合成する酵素です。もし、この酵素の遺伝子に突然変異が起こりタンパク質の構造が変わって、酵素の活性がなくなってしまうという事態が起こったらどうなるでしょうか。遺伝子の突然変異が配偶子で起これば、これは遺伝して子に受け継がれ、メラニンを合成できなくなります。しかしながら生物は性を獲得し、この遺伝学上の弱点を克服しています。子の1対の相同染色体には、それぞれ父親由来と母親由来のチロシナーゼ遺伝子が1個ずつ、すなわち2個の遺伝子があります。仮に、親から受け継いだどちらかの遺伝子に変異があって酵素活性のないものが作られたとしても、もう1つの遺伝子が正常であれば(ヘテロ接合といいます)、その遺伝子からは正常な酵素活性のあるチロシナーゼが作られるので、メラニンをうまく合成できます。しかし、酵素活性のないチロシナーゼの遺伝子を父親と母親の両方から受け継ぐと(ホモ接合といいます)、メラニンを全く合成できないのでアルビノが生まれます。

では性染色体に突然変異が起こったらどうなるでしょうか。血友病という病気がありますが、これは血液の凝固に関係するタンパク質である血液凝固因子の第Ⅷ因子と第Ⅸ因子が欠損していたり、あるいはその活性が低下していたりしており、血液凝固に異常がみられる病気です。第Ⅷ因子に原因があるときは血友病A、第Ⅸ因子に原因があるときは血友病Bとよばれ、血友病Aの方が血友病Bより約5倍多いようです。私たちは通常、手足に傷を受け出血しても直ぐに血液が固まり、出血は少量ですみますが、血友病では手足に傷を受けると出血が止まらなかったり、筋肉などに内出血が起こりやすくなったりします。血液凝固因子の第Ⅷならびに第Ⅸ因子の遺伝子はX性染色体上にあり、これらの遺伝子に突然変異が起こることにより病気が引き起こされます。男性の性染色体はXYで、X染色体は必ず母親から受け継ぎ、1本しかないので、もしこのX染色体上の血液凝固因子の遺伝子に異常があれば血友病を発症します(これを伴性遺伝といいます)。男性の場合、10,000人に1人程度の割合で血友病が発症すると推計されていますが、女性の血友病患者は全血友病患者の1%以下といわれています。女性の場合は、X染色体が2本あるので、1つのX染色体に異常な遺伝子があっても、もう1つが正常(すなわちヘテロ接合)であれば血友病は発症しないのです。しかしながら、このような女性は血友病遺伝子のキャリアー(保因者)となり、血友病の男の子を出産する可能性があります。血友病の男性と正常な女性との間には血友病の男の子は生まれませんが、女の子が生まれるとすべてキャリアーとなります。

図1-1 遺伝子からタンパク質が作られるメカニズム

アルビノ

アルビノとはメラニン色素が欠乏したアルビニズムalbinism(白子症あるいは白皮症ともいいます)の動物個体をいいます。アルビニズムは突然変異でチロシナーゼそのものに問題がありメラニン色素を合成できない場合と、チロシナーゼは正常ですがメラニン色素を合成する工場であるメラノソームに問題がある場合の2つの原因でおこると考えられています。メラノサイトは皮膚や虹彩、網膜などに分布しているのですが、メラニン色素がないので体毛が白く、目が赤いのが特徴です。先に説明したように、瞳はふつう黒く見えるのですが、アルビノでは網膜にメラニン色素がないので網膜の毛細血管を通る血液の赤い色が瞳孔を通してそのまま見えるため、目が赤く見えるのです。

赤い目の白ウサギ(日本白色種)は誰でも一度は見たことのあるアルビノの代表例です。アルビニズムはウサギだけでなく、ヒトやイルカ、ネズミ、ペンギン、ヘビ、魚などにもみられます。アルビノのネズミやウサギは実験動物として利用されています。山口県の「岩国のシロヘビ」は国の天然記念物に指定されており、「白蛇神社」で祀られていることで有名ですね。

ヒトのアルビノにおけるチロシナーゼ遺伝子の解析から、様々な変異が見つかっています。例えば、77番目のコドンCGGCAGに点変異した結果、コードされるアミノ酸がアルギニンからグルタミンに変化したもの(これをミスセンス変異といいます)や、278番目のコドンCGA(アルギニンをコード)がTGAという終止コドン(タンパク質合成を終結させる役目をもつコドン)に点変異した結果、ポリペプチド鎖の合成が途中で終了してしまうもの(これをナンセンス変異といいます)などが発見されています。これらの変異は両親から受け継いだ2つのチロシナーゼ遺伝子の両方にあるため(ホモ接合)チロシナーゼ活性がなく、メラニンを合成できません。

シャムネコのポイントカラー

シャムネコは体の大部分は白い毛で被われていますが、耳や足、尻尾の毛は黒色ないし茶色をしているのが特徴です。このような毛色をポイントカラーといい、これはアルビノのところで説明したチロシナーゼに変異があるためにおこります。遺伝子解析の結果、正常なネコではチロシナーゼ遺伝子の302番目のコドンはGGA(グリシンをコード)ですが、シャムネコではこのコドンがAGA(アルギニンをコード)に点変異し、ホモ接合になっていることが明らかにされました。この変異はチロシナーゼの活性をなくすのではなく、この酵素に温度感受性を賦与しました。すなわち、正常な体温を示す体表部位ではチロシナーゼの活性がなく、メラニン色素をつくることができないので白い毛をしていますが、耳や足などの温度が低い部位ではチロシナーゼは活性を有しており、メラニン色素をつくることができるので黒っぽい毛をしています。このように体表温度の違う部位で酵素の活性に違いがあるために、シャム独特のポイントカラーが生じるのです。シャムのポイントカラーは夏の暑い時期と冬の寒い時期で変化したり、年齢とともに変化したりするので、シャムネコを飼育している方は注意深く観察して、ネコちゃんへの愛情を深めていただければと思います。

シャムは別名サイアミーズSiameseともよばれるため、この温度感受性チロシナーゼの遺伝子はサイアミーズ遺伝子とよばれます。シャムとペルシャを交配してサイアミーズ遺伝子をペルシャに導入してつくられたのがヒマラヤンです。ヒマラヤウサギに似ているので、そのように名付けられています。

白変種

白変種は、競走馬で稀に見られる白毛のウマ(ユキチャン号が有名です)のように白毛遺伝子やサビノ遺伝子が原因でおこる白化(リューシズムleucism)の動物個体のことであり、アルビノとは遺伝学的ならびに生理学的に異なります。これらの遺伝子は、胎児が子宮内で成長する時期に、メラノサイトの前駆体が体の皮膚に遊走し、定着・分化するのに必要なタンパク質(専門用語で受容体型チロシンキナーゼc-kitといいます)の遺伝子に変異が生じたものです。この遺伝子をもつウマは、皮膚の毛球にメラノサイトがほとんど存在しないために、メラニン色素が生成されず白毛になります。しかしながら、白毛のウマの目にはメラニン細胞が存在し、色素が正常に生成されるので、アルビノと異なり赤い瞳ではなく、黒い瞳をしています。

自然界では白毛のウマと同じような機構で白い毛や白い肌をもつ白変種の動物が見られます。哺乳類ではライオン、リス、イルカ、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジなど、鳥類ではクジャク、フクロウ、ハト、ニワトリなど、爬虫類ではヘビやワニなどに白変種が見られるので、動物園や水族館で是非自分の目で確認してみてください。また、ペットのネコちゃんやワンちゃんにも白変種がいます。

白い動物でアルビノか白変種かを見分けるには、目を見れば分かります。アルビノは皮膚だけでなく、目の網膜のメラノサイトでもメラニン色素を合成できないので、瞳が赤く見えます。これに対して、白変種は皮膚にメラノサイトがないため肌や毛は白いのですが、目の網膜にはメラノサイトが存在しメラニンを合成するので、瞳は黒く見えます。

ホッキョクグマ

ホッキョクグマはシロクマともよばれるので白変種かと思ってしまいますが、実は違うのです。もちろん目が黒いので、アルビノでもありません。ホッキョクグマの肌は黒いので皮膚にはメラノサイトが存在し、黒人のようにメラニン色素がたくさん沈着しています。ホッキョクグマの毛の中心部は空洞になっており、毛の色は透明です。このような皮膚や毛の特徴から太陽の光を無駄なく肌に吸収でき、毛の断熱効果も高まるので、極寒の地で生きぬくことができるのです。ただし、夏は逆効果で、体の熱を放散できないので、やる気なさそうにグターとなってしまいます。

ホワイトタイガー

ホワイトタイガーはベンガルトラの変異種ですが、アルビノとも白変種とも異なると考えられています。ベンガルトラの背面の体毛は黄褐色で、黒いストライプが入っています。これはフェオメラニンが黄褐色の毛に含まれ、ユーメラニンが黒いストライプの毛に含まれていることによると考えられています。ホワイトタイガーは黄褐色の部位が白毛に変わり、黒のストライプはそのまま残っています。ホワイトタイガーの遺伝子の研究から、黄褐色の部位に存在するメラノサイトのメラノソームにおけるフェオメラニン生合成に関与するタンパク質(専門用語で膜関連輸送タンパク質MATPといいます)の遺伝子にミスセンス変異が起こったために(477番目のアミノ酸がアラニンからバリンに変化)色素を生成できなくなり、白毛になると考えられています。

季節による毛色変化

ホッキョクギツネ、オコジョ、エゾユキウサギ、ライチョウなどは、夏と冬で毛色が大きく変わることが知られています。夏の間はグレーや褐色の毛をしていますが、冬は真っ白の毛に変わります。これは換毛(鳥の場合は換羽)といって毛が生え変わることによりおこります(写真1-9)。自然界の「喰うか喰われるか」の厳しい生存競争のなかで動物たちが身につけたカモフラージュの術つまり保護色です。キツネやオコジョのような捕食者も、ウサギやライチョウなどの被食者も、ともに季節による環境変化に対応して毛の色を変えてサバイバルしているのです。

毛根のメラノサイトにおけるメラニンの生合成にはメラノコルチン1MC1、別名メラノサイト刺激ホルモン: MSH)というホルモンとその受容体(MC1-R)が関与していると考えられており、恐らくこのホルモンの産生が季節的な制御を受けていると想像されます。夏毛から冬毛に変わるときには、MC1の産生が低下してメラニン色素が産生されなくなって白毛となり、逆に冬毛から夏毛に変わるときには、MC1の産生が上昇してメラニン色素が産生さるようになり、グレーや褐色の毛が生えてくると考えられます。

写真1-9 換羽期のライチョウ

黒変種

先にアルビノの話しをしましたが、黒変種はその真逆です。黒変種は、毛に異常なメラニン沈着がおこり、体毛が黒くなる黒化(メラニズムmelanism)の動物個体です。ウマ、ウシ、ヤギ、ウサギ、マウス、モルモット(天竺ネズミ)、オオカミ、キツネ、リス、シカ、キングペンギン、マガモ、ヘビなど様々な哺乳類や鳥類、爬虫類で見つかっています。この原因の1つとして前述したMC1-Rの突然変異が関与していると考えられています。この受容体の変異体はホルモンの作用がなくても常に活性化された状態にあり、メラノサイトで異常なメラニン合成が引き起こされる結果、体毛の黒化がおこると思われます。

動物の血液の色

哺乳類や鳥類、爬虫類、魚類などの身体には、赤い血液が流れています。血液は肺で取込んだ酸素や腸から吸収したブドウ糖やアミノ酸などの栄養物質を全身に運搬したり、体内でできた老廃物を腎臓に運んだりします。血液が赤い色をしているのは赤血球があるからであり、赤血球が赤いのはヘモグロビンという赤いタンパク質が含まれているからです。ヘモグロビンは、鉄をもつヘムがグロビンというタンパク質に結合したものであるので、結局血液が赤いのは鉄の色ということになります。赤血球内のヘモグロビンは肺で取込んだ酸素を結合して(実際に酸素を結合しているのはヘムの中の鉄イオンです)、脳や筋肉など全身の組織に運ぶ役割をしています。鉄の巻「生物における鉄の役割」を参照してください。

イカ、タコなどの頭足類やエビ、カニなどの甲殻類などには、ヘモグロビンの代わりにヘモシアニンという青いタンパク質が存在します。ヘモシアニンは銅イオンをもち、これに酸素分子を結合して運搬します。銅イオンに酸素が結合するとヘモシアニンは青色を呈しますが、酸素が離れると無色になります。

動物の筋肉の色

スーパーマーケットや肉屋さん、魚屋さんに並べられている牛肉や豚肉、マグロやカツオの刺身などは赤い色をしていますが、これは血液の色ではなく、筋肉に含まれているミオグロビンという赤いタンパク質の色です。ミオグロビンはヘモグロビンと親戚であるといわれており、鉄を含むヘムをもっていますので、結局筋肉が赤いのは鉄の色ということになります。ミオグロビンはヘモグロビンから受け取った酸素を貯蔵し、筋肉が活動するときに必要な酸素を供給する働きをします。マッコウクジラは深海に1時間くらい潜水できるといわれていますが、これは筋肉に大量のミオグロビンをもっており、大量の酸素を貯蔵しているお陰です。食の巻「マッコウクジラ」ならびに鉄の巻「生物における鉄の役割」を参照してください。

魚介類に含まれるアスタキサンチン

甲殻類のエビやカニの殻は黒褐色から青緑色をしていますが(イセエビやケガニのように赤い色をしたものもいます)、茹でたり焼いたりして加熱すると赤い色に変化します。殻には本来赤い色素のアスタキサンチン(カロテノイドの一種)が含まれていますが、この色素はタンパク質と結合しているため赤くないのです。加熱料理することにより色素がタンパク質から遊離すると、本来の赤い色彩が発現するわけです。これは先に「海藻の色」のところで述べたコンブやワカメのフコキサンチンあるいはアサクサノリやスサビノリ、アカバギンナンソウのフィコビリン色素の発色の原理とはちょうど逆になります。

サケやマスなどのサケ科の魚の筋肉は本来白いのですが、海で餌のオキアミ(甲殻類の仲間)などを食べることによりアスタキサンチンを吸収し、筋肉に蓄積することによりサーモンピンク色を呈するようになります。

アスタキサンチンは甲殻類やサケ科の魚の体内で合成されるものではありません。この色素は植物プランクトンにより合成され、食物連鎖でオキアミに取込まれ、次いでオキアミを捕食するエビやカニ、サケ、マスなどに蓄えられていきます。

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