はじめに
植物とは酸素発生型光合成を行なう藻類と陸上植物からなります。藻類には単細胞藻類(微細藻類マイクロアルジェともよばれます)の植物プランクトンと多細胞藻類の海藻が含まれます。藍色細菌のシアノバクテリアは微細藻類の仲間ですが、非酸素発生型光合成を行なう光合成細菌は微細藻類には含まれません。陸上植物にはコケ植物やシダ植物、種子植物(裸子植物と被子植物)が含まれます。
光合成
植物の大きな特徴は太陽の光エネルギーを利用して光合成を行うことです。光合成は植物の細胞内にある葉緑体(クロロプラスト)という細胞小器官(オルガネラ)で行われ、二酸化炭素と水を材料にして糖質と酸素が作られます。シアノバクテリアは原核生物の細菌の仲間であり、葉緑体のような細胞小器官は存在しませんが、光合成を行なうことができます(生物は細胞内に核をもたない原核生物と核をもつ真核生物に大きく分けられます)。大気中に酸素があるのは植物のお陰です。現在の大気中の酸素の約30%が陸上植物により、約70%が藻類により供給されているといわれています。
細胞小器官という用語は本書でたびたび出てきますので、ぜひ覚えておいてください。細胞小器官は真核細胞内において膜で区画化され、一定の機能をもつ構造体のことであり、核、葉緑体、ミトコンドリア、液胞、小胞体、リソソーム、ゴルジ体などを指します。
葉緑体の中には表1-1に示す光合成色素とよばれる緑色のクロロフィル(クロロフィルaやクロロフィルbなど)と黄色ないし橙色のカロテノイド(α-カロテンやβ-カロテン、ルテインなど)が含まれています。クロロフィルの量はカロテノイドの量より何倍も多いので、陸上植物の葉の色は一般的には緑色をしています。
キサントフィルの一種であるフコキサンチンは海藻の仲間である褐藻(コンブやワカメなど)に含まれています。海藻については後述する「植物プランクトンと海藻」ならびに10章水産物「海藻」を参照してください。
フィコビリン(フィコエリトロビリンとフィコシアノビリン)は次に説明するシアノバクテリアや海藻の仲間の紅藻(アサクサノリやテングサなど)に含まれている光合成色素です。
シアノバクテリア
約30億年前の太古の地球に誕生し、光合成による酸素の産生を始めたシアノバクテリア(藍色細菌)は、紅藻と同じフィコビリンを光合成色素としてもっています。オーストラリア西海岸のシャーク湾には、この細菌と砂や泥でできるストロマトライトとよばれる層状のドーム型構造体が現存しており、今も盛んに酸素を大気中に放出しています。ストロマトライトの化石で最も古いものは約24億年前のものであるといわれています。
アフリカ大地溝帯に位置するボゴリア湖やナトロン湖などのような塩濃度が高く、pHが9以上のアルカリ性の環境には、シアノバクテリアの仲間のスピルリナSpirulinaという微生物が繁茂しています(これらの湖はアルカリ性塩湖とよばれています)。スピルリナは幅5〜8μm、長さ0.3〜0.5mmほどの比較的大きな「らせん形」の単細胞藻類で、その名前はラテン語のspirula「小さならせん」に由来します(表1-2に示すように、μは10-6倍、mは10-3倍のことです)。乾燥スピルリナはタンパク質を豊富に含み(約60%)、古くからヒトの食糧として利用されてきました。現在は、管理された人工池で大量培養されたスピルリナが健康食品として利用されています。
アフリカ大地溝帯のアルカリ性塩湖はコフラミンゴLesser Flamingo(フラミンゴの名はラテン語のflamma「炎」に由来し、羽はピンク色をしています)の一大生息地として知られていますが、これはコフラミンゴがアルカリ性塩湖に育つスピルリナを主食としているためです。コフラミンゴの特殊なくちばしで濾過摂食されたスピルリナのもつ光合成色素カロテノイド(βカロテンやカンタキサンチン)がコフラミンゴの羽を淡いピンク色に染めるのです。動物園で飼育されているフラミンゴに色素が含まれていない餌を給与し続けると羽の色は白くなってしまうため、羽の色を保つためにカンタキサンチンを添加した餌が与えられています。
植物プランクトンと海藻
河川や湖沼、海洋の生態系の底辺をなしているのは単細胞藻類(微細藻類)の植物プランクトンや多細胞藻類の海藻です。植物プランクトンは動物プランクトン(オキアミやカイアシ類、アルテミアなど)や二枚貝(アサリやハマグリ、カキ、シジミなど)などの餌となります。魚は動物プランクトンを食べて成長する一方、自身はアザラシやクジラなどの海棲哺乳類の餌となります。プランクトンとは遊泳能力が低く、水の流れに身をまかせて水中を浮遊する生物のことです。植物プランクトンには前述した原核生物のシアノバクテリアも含まれますが、ここでは真核生物の珪藻や渦鞭毛藻、円石藻などを取り上げます。
珪藻は細胞がガラス(二酸化ケイ素SiO2)の殻で被われています。珪藻は地球全体の光合成の約25%を担っているといわれています。死んだ珪藻の殻の堆積物からできた珪藻土は、七輪、コンロ、耐火断熱レンガ、ビールや日本酒の濾過剤などの原料として利用されています。ノーベル賞の設置者アルフレッド・ノーベルが発明した最初のダイナマイトは、ニトログリセリンを珪藻土にしみ込ませて作られました。
渦鞭毛藻は2本の鞭毛をもつのが特徴です。渦鞭毛藻には葉緑体をもち光合成を行なうものと、従属栄養性のもの(ヤコウチュウはこれに含まれます)がいます。毒素を産生するもの(有毒渦鞭毛藻)があり、これを食べた貝類が有毒化することは、よく知られています(10章水産物「貝毒」を参照してください)。渦鞭毛藻の一種である褐虫藻はサンゴ(刺胞動物の一種)の体内に共生し、サンゴから栄養素の供給を受ける一方、光合成産物をサンゴに提供しています。サンゴは炭酸カルシウムCaCO3を主成分とする骨格を有しており、サンゴ礁を形成します。サンゴの美しい色は褐虫藻の色素を反映していますが、海水温が30℃を超えると、褐虫藻がサンゴから離脱するためサンゴは白化し死滅してしまいます。地球温暖化に伴う海水温の上昇によるサンゴの白化が懸念されています。
円石藻は細胞の周りが円石(ココリス)とよばれる炭酸カルシウムの殻で被われています。円石藻が大量に繁茂し、その遺骸が海底に沈降・堆積すると石灰岩が形成されます。白亜紀に形成されたイギリスの「ドーバーの白い崖」やフランスの「エトルタの白い崖」(クロード・モネの絵に描かれています)は、そのような円石藻のココリスからなる石灰岩として有名です。円石藻は二酸化炭素を吸収して炭酸カルシウムに固定するため、地球規模の炭素循環に大きく関わっています。
微細藻類のクロレラやユーグレナ(別名:ミドリムシ)は大量に人工培養され、ヒトの健康食品(あるいは機能性食品)として利用されたり、パンやクッキーなどの一般食品の材料(食品加工用)として利用されたりしています。クロレラは水産業においてアユやマダイなどの養殖に使う餌のワムシの培養用餌料として利用されたり、農業において野菜や果物の肥料(配合肥料)として利用されたりしています。キートセラスという微細藻類はヒトの食糧となるものではありませんが、北海道厚岸町では人工培養されて、養殖カキの稚貝用餌料として利用されています。
海藻には植物の根のように土壌から養分を吸収するような根ではなく、仮根とよばれる付着器官があり、光が届く100mより浅い沿岸海域の岩場にくっついて固着生活をしています。海藻は根ではなく葉から直接海水中の栄養素を吸収し、光合成により生長します。海藻にはコンブやワカメ、アラメ、カジメ、ヒロメ、ホンダワラなどがあり、これらはウニやアワビ、サザエなどの餌となっています(10章水産物を参照してください)。コンブの仲間のオオウキモはジャイアントケルプの別名があり、全長が数十メートルに達して「ケルプの森」を形成することはよく知られています。
海水の平均塩濃度は約3.5%であり、主な陽イオンとしてはナトリウムイオン(Na+:10,800mg/l)、マグネシウムイオン(Mg2+:1,300mg/l)、カルシウムイオン(Ca2+:410mg/l)、カリウムイオン(K+:390mg/l)が含まれ、主な陰イオンとしては塩化物イオン(Cl-:19,400mg/l)、硫酸イオン(SO42-:2,649mg/l)、炭酸水素イオン(HCO3-:140mg/l)が含まれています。海水に最も多く含まれている塩は塩化ナトリウムNaClであり、塩類の約78%を占めています。
さて、植物プランクトンや海藻が増殖し育つためには、植物と同じように窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウム、イオウ、鉄、ケイ素などが必要です。これらの元素のうち、カリウムやカルシウム、マグネシウム、イオウは上述したように海水に豊富に存在していますが、その他の元素は十分ではありません。窒素やリン、ケイ素は硝酸塩、亜硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩などの栄養塩として陸地から河川などにより海に供給されています。また、植物プランクトンや動物プランクトン、海藻、魚介類などの死骸が海水中でバクテリアにより分解されることにより、栄養塩は再生産されリサイクルされます。
鉄は陸地には豊富に存在していますが、海水にはごく微量(10〜500ng/l)しか含まれていません。なお、河川水に含まれている鉄の濃度は40〜600μg/lで、海水より1,000倍ほど多く含まれています。ここで、ngは10-9g、μgは10-6gのことです(「表1-2 単位の接頭辞」を参照)。植物プランクトンや海藻に必要な鉄の陸から海への供給ルートは主として河川と大気です。
河川では、鉄は森林や湿地などの腐植質(フミン質あるいは腐植物質ともよばれます)のフルボ酸と結合した可溶性の状態(フルボ酸鉄)あるいは水酸化鉄などの不溶性の懸濁した状態で海に運ばれると考えられています。フルボ酸とは土壌中で動植物の遺体が微生物により分解されてできた有機物である腐植質のうち酸により沈殿しない成分で、カルボキシ基(-COOH)を多く含むため鉄を結合することができます。
鉄を含む陸地の砂塵は風により大気中に舞い上げられ海洋に運ばれます。大陸から海洋へ大気により輸送される砂塵としては、アジア大陸の乾燥地域(タクラマカン砂漠やゴビ砂漠、黄土高原など)から北太平洋への「黄砂」やアフリカ大陸のサハラ砂漠から北大西洋への「サハラ砂塵」がよく知られています。大気由来の鉄は海洋の植物プランクトンやバクテリアなどが産生・分泌する有機配位子とよばれる物質に結合され、有機鉄錯体が形成されると考えられています。
このようにして、海洋の植物プランクトンは河川により運ばれるフルボ酸鉄や海洋で形成される有機鉄錯体を利用して増殖すると考えられます。海藻は主として河川由来のフルボ酸鉄を利用して、河口域あるいは沿岸海域で生育します。栄養塩と同様に、鉄も海の生物の死骸などの分解により一部はリサイクルされますが、大部分は海水に不溶性な粒状鉄(水酸化鉄など)となり沈降・除去されるようです。
「森は海の恋人」といわれています。これは、森の木々の落ち葉などからできる腐植土の栄養塩やフルボ酸鉄が雨水に溶けて河川から海に供給され、植物プランクトンや海藻を育て、さらに、魚介類を養うからです。腐植土は森の保水性にも寄与しており、洪水調整にも役立っています。沿岸海域のコンブやワカメなどの海藻が消滅する現象を「磯焼け」といいますが、そのような磯焼けの岩石や岩盤には石灰藻という石灰質(炭酸カルシウム)を沈着する海藻が繁茂し、真っ白になることがあるそうです。磯焼けの原因は山から森林が消えて保水力がなくなり河川の水量が減ったこと、ならびに河川から供給される腐植質が減ったことが一因といわれています。腐植質は石灰藻の胞子の生長を阻害することが明らかにされています。腐植質を十分に含んだ河川水が海に供給されれば、コンブやワカメなどの海藻が生育して磯焼けを防ぐことができると考えられており、日本各地で海を育てるために植林が盛んに行なわれています。
世界の海には栄養塩が豊富にあるにもかかわらず植物プランクトンのクロロフィルが少ない海域があり、これをHNLC(high nutrient low chlorophyll)海域とよんでいます。東部太平洋赤道域や北太平洋亜寒帯域、南極海などがHNLC海域に当たるそうです。栄養塩があるのに植物プランクトンが増殖できない理由は、海水への鉄の供給が不足していることによると考えられています。この考えはHNLC海域への鉄散布実験により植物プランクトンの増殖がみられたことにより確認されています。このように海水の鉄は植物プランクトンの増殖の鍵を握っているのです。
微細藻類と海や湖の色
私たちが通常目で見える光である可視光線は波長380〜780nm(ナノメートル)の範囲の電磁波です(nm=10-9m、表1-2を参照)。太陽の光をプリズムで屈折させると紫色から赤色までの様々な色に分かれます。雨上がりの空に架かる虹は七色(紫、藍、青、緑、黄、橙、赤)で表現しますが、およその波長は紫色380〜430nm、藍色430〜460nm、青色460〜500nm、緑色500〜570nm、黄色570〜590nm、橙色590〜620nm、赤色620〜780nmとなります。
海や湖が青く見えるのは、水分子が波長の長い可視光線(赤色から黄色)をよく吸収し、波長の短い青い光をあまり吸収しないためです。グラスに入れた水は無色透明で青くありませんが、これは水の量が少なく、光の吸収がごく僅かなためです。海や湖のように、ある程度の水深がないと十分な光の吸収が起こらないのです。可視光が水面に降り注がれると、赤い光は水深が7mほどで99%が吸収されてしまうそうです。波長の短い可視光も水深が深まるにつれ徐々に吸収され、70mの深さになると水面に当てられた光の僅か0.1%しか届かなくなり、人の目ではかなり暗く感じるようです。
海や湖などに生息する微細藻類は光合成色素クロロフィルaにより可視光のうち波長443nm付近の青色光を吸収して光合成を行ない、550nm付近の緑色光を反射するため、海や湖の色は微細藻類が少ないと青色に見え、微細藻類が多いと緑色に見えます。読者の皆さんも近くの海や湖に足を運び、季節の移り変わりとともに水の色が変化するのを楽しんでください。
アオコと赤潮
微細藻類である植物プランクトンは湖沼や海洋の生態系の底辺を維持する役割を果たしていますが、時には異常増殖してアオコや赤潮を引き起こし水産業に大きな被害をもたらすことが知られています。水産物については10章を参照してください。
湖沼において流入する窒素やリンによる富栄養化が進行し、上述したシアノバクテリア(藍色細菌)が異常増殖する現象をアオコcyanobacteria bloomとよびます。シアノバクテリアは細胞内にガス胞をもっているので水の表面に浮くことができ、この細菌の大発生により水面は緑色の粉をまいたようになります。
アオコを発生するシアノバクテリアにはミクロキスティスやアナベナ、プランクトスリックス、フォルミディウム、オシラトリアなどの様々な種があり、その中には肝臓毒や神経毒、皮膚毒を産生するものが存在します。海外ではアオコの発生した水を飲んで多数のウシやヒツジが死亡したという事例やアオコの発生した湖で水泳した人が下痢などの中毒をおこした事例などが報告されています。日本では琵琶湖や宍道湖、霞ヶ浦など多くの湖沼でアオコが発生し、漁業に大きな損害を与えています。アオコが見られる湖沼ではカビ臭が発生しますが、これはフォルミディウムやオシラトリアの産生する2-メチルイソボルネオールならびにアナベナの産生するジオスミンなどが原因物質と考えられています。
赤潮red tideとは海洋や湖沼において富栄養化により植物プランクトンが大量発生して水の色が赤色や赤茶色、黄色などに変色する現象です。瀬戸内海、八代海などの内海(ナイカイ)や有明海、伊勢湾、三河湾、東京湾などの内湾(ナイワン)において、渦鞭毛藻やラフィド藻、珪藻などによる赤潮が発生し、水産業に甚大な被害をもたらしています。
ヘテロカプサ、コクロディニウム、カレニアなどの渦鞭毛藻やシャットネラ、ヘテロシグマなどのラフィド藻による赤潮は、トラフグ、クロマグロ、ブリ(ハマチを含む)、カンパチ、ヒラマサ、マダイなどの養殖魚類やマガキ、ホタテガイ、アサリ、アコヤガイ(真珠貝)、ムラサキイガイ(ムール貝)、アワビなどの養殖貝類のへい死を引き起こします。また、アステロプラヌス、ユーカンピア、リゾソレニア、スケレトネマなどの珪藻による赤潮は、栄養塩を大量消費することにより養殖ノリの色落ちを引き起こします。色落ちしたノリは商品価値が著しく低下してしまいます。
琵琶湖では1977年にウログレナとよばれる黄色鞭毛藻が異常繁殖し、大規模な淡水赤潮が発生しました。湖水は赤褐色に変色し、生ぐさ臭が発生したそうです。富栄養化の原因となる窒素やリンを削減するために、石けん使用推進運動や下水道網の整備など水質改善対策が進められた結果、2010年以降は赤潮の発生は確認されていません。
光合成産物の行方
穀物や野菜、果物は植物の葉で光合成により作られた有機物の貯蔵形態です。そこで先ず、光合成産物が植物の中でどのように変化するかについて簡単に説明します。光合成は葉の葉緑体が昼間に太陽の光を浴びて行われます。この反応で作られる糖質(実際はトリオースリン酸)の一部は一旦葉緑体でデンプンに変換されて保存されます(これを同化デンプンといいます)。残りは葉緑体から細胞質ゾルに輸送されてショ糖に変換され、植物細胞に特に発達した細胞小器官である液胞に保存されたり、他の器官に師管を通して輸送(専門用語で「転流」といいます)されたりします。デンプンはブドウ糖からなる多糖で、構造については2章穀類「コメ④ご飯の粘り」を参照してください。ショ糖はブドウ糖と果糖からなる二糖のことです。
夜になると葉緑体のデンプンの大部分は分解されてショ糖に転換され、葉から他の器官に転流されます。このように葉で光合成により作られる糖質は最終的にショ糖の形で他の器官(根や茎、果実など)に転流され、そこでアミロプラストという細胞小器官の中でデンプンなどに合成され貯蔵されます(これを貯蔵デンプンといいます)。デンプンを貯蔵する例としては、米、麦、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモなどがあります。もちろんデンプン以外の貯蔵形態もあります。果物ではショ糖、ブドウ糖、果糖として液胞内に貯蔵されます。また、菜種やヒマワリ、大豆などの種子では脂質(植物油)に変換され貯蔵されます。
ショ糖が基本的な光合成産物の転流形態ですが、ラフィノースやスタキオースなどのオリゴ糖、マンニトールやソルビトールなどの糖アルコール、ガラクトース、ミオイノシトールなどを転流する植物もあります。動物では糖は血液中をブドウ糖の形で輸送されますが、植物ではブドウ糖の形で師管を輸送されることはないようなので不思議ですね。リンゴの枝ではソルビトールの形で転流され、果実の中で果糖やショ糖に変換されます。リンゴが完熟すると余剰のソルビトールが芯の付近に蜜として残るので、蜜入りリンゴは完熟の証であり、甘くて美味しいリンゴというわけです。キウイフルーツの木ではミオイノシトールとして転流されるようです。
生物における酸素の役割
光合成により水(H2O)と二酸化炭素(CO2)から糖質と酸素(O2)が生成されます。ブドウ糖(グルコースともいいいます)や果糖(フルクトースともいいます)などの単糖の一般式はCnH2nOnで表されます。糖質の炭素Cは二酸化炭素に由来し、もう1つの生成物である酸素は水に由来します。
光合成産物の内、糖質は前述したように最終的には植物体内で様々な形で貯蔵されます。もう1つの光合成産物である酸素は私たちが生きていく上でなくてはならないものです。それでは酸素は、どのように私たちの身体の中で役立っているのでしょうか。体内に取込まれる酸素の約97%は細胞内のミトコンドリアという細胞小器官で利用され、難しい言葉で「酸化的リン酸化」という方法でATP(アデノシン三リン酸)を生成しています。この時に酸素から水(代謝水といいます)が生成します。光合成により水から生成された酸素は好気性生物である私たちの体内で水に戻るわけです。ATPは細胞が利用できる「エネルギー通貨」とよばれ、骨格筋や心筋、平滑筋(消化管や血管、膀胱、子宮などに存在)の筋肉運動や脳の活動、細胞内の様々な代謝に利用されています。酸素の供給が絶たれると(これを窒息とよびます)、生物はATP不足に陥り生きていけなくなります。毒物の青酸カリは酸化的リン酸化によるATP合成を阻害するので死を招くのです。
体内に取込まれる酸素の残り約3%は各種オキシゲナーゼやオキシダーゼなどの酵素による代謝に利用されます(酵素とは生体内の様々な代謝に関与する生体触媒のことで、一般的にはアミノ酸がペプチド結合で直鎖状に繋がったタンパク質でできています)。例えば、コラーゲンのプロリンやリシンというアミノ酸残基のヒドロキシ化(6章果物「ビタミンCと壊血病」を参照)、好中球による次亜塩素酸の生成、チロシンというアミノ酸からドーパミンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質の生成、コレステロールの生成、アミノ酸オキシダーゼによるアミノ酸の代謝、キサンチンオキシダーゼによる核酸のプリン塩基(アデニンとグアニン)の代謝などです。
植物の色
私が住んでいる北国は冬が長いため、春の訪れは本当に嬉しく、心が浮き立ちます。雪解けを待ちわびるように福寿草の黄色い花が真っ先に咲き、続いてクロッカスが色とりどりの花を咲かせます。さらに水仙、チューリップと続きます。南の方と違い、梅と桜がほぼ同じ時期に開花するのは北国ならではの春景色です。花には様々な色彩があり、人の目を楽しませてくれます。花はまた万有引力のように虫たちを引き寄せ、乱舞させます。
スーパーに買物に行けば、赤や橙、黄、緑など色彩豊かな野菜や果物、海藻が年中並んでおり、蝶のように女性の心を舞い上がらせます。また、小豆や大豆、黒豆、金時豆、花豆、紫黒米、黒胡麻など様々な色合いの穀物に思わず目が留まります。
植物の花、野菜、果物、穀物、海藻の色は基本的には表1-3に示す四大色素クロロフィル、カロテノイド、フラボノイドならびにベタレインにより発現します。
緑の色素クロロフィルは光合成に必要な色素なので、陸上植物の葉に限らず藻類にも含まれています。ホウレンソウ、春菊、キューリ、ピーマン、キュウイ、メロンなどの野菜や果物の緑色はクロロフィルによるものです。
カロテノイドはクロロフィルと並んで光合成色素なので、陸上植物の葉や藻類に含まれています。カロテノイドは大きく2種類に分類されます。1つはカロテン類でα-カロテン、β-カロテン、リコペンなどがあります。もう1つはキサントフィル類でルテイン、ゼアキサンチン、フコキサンチン、アスタキサンチンなどがあります。カロテン類は炭素と水素原子のみで構成されていますが、キサントフィル類はこれに酸素原子が添加されている点で両者は区別されます。これまでに700種類以上のカロテノイドが自然界で見つかっているようですが、花に含まれるものは黄〜橙の色彩を与えます。
野菜や果物に含まれている代表的なカロテンとしてはカボチャ、ニンジン、マンゴーなどに含まれている橙色を呈するβ-カロテンやトマト、柿、グミなどに含まれている赤色のリコペンが挙げられます。一方、代表的なキサントフィルとしてはケール、チリメンキャベツ(サボイキャベツ)、ホウレンソウ、レタス、ブロッコリー、トウモロコシなどに含まれている黄色のルテインやオレンジ、パプリカ、トウモロコシ、パパイア、マンゴーなどに含まれている黄色のゼアキサンチン、柑橘類、パパイアなどに含まれている橙色のβ-クリプトキサンチンが挙げられます。β-カロテンやβ-クリプトキサンチンは人の体内でビタミンAに変換されるため、プロビタミンAともよばれています。トウガラシに含まれている赤色のカプサンチンはキサントフィルの仲間であり、辛味の成分カプサイシン(これは無色です)とは違うので区別して覚えてください(5章野菜「ナス科の野菜③トウガラシ・ピーマン・パプリカ」を参照)。
植物プランクトンならびにコンブやワカメなどの海藻には、それぞれキサントフィルの仲間のアスタキサンチンとフコキサンチンが含まれています。
フラボノイドに分類される化合物は7,000種以上存在するようで、構造の違いにより紫色、青色、淡黄色、橙色、赤色と幅広い色彩を放ちます。フラボノイドは光合成色素ではないので葉緑体には存在せず、液胞に存在します。フラボノイドはアントシアニジン、フラボン、フラボノール、オーロン、カルコンなどに分類されます。
よく知られているアントシアニンはアントシアニジンの配糖体(糖が結合したものを配糖体といいます)の総称です。ドイツの薬学者マーカートMarquartは1835年にヤグルマギク(矢車菊、英名:cornflower、学名:Centaurea cyanus)の花弁に見出された青い色素をアントシアニンanthocyaninと名付けました。これはギリシャ語のanthos「花」とヤグルマギクの学名の種小名cyanusからなる造語です。学名については2章穀類「生物の分類と学名」を参照して下さい。骨格部分のアントシアニジンにはペラルゴニジン、シアニジン、ペオニジン、デルフィニジン、ペチュニジン、マルビジンなどがあり、これらに糖や有機酸が結合して様々なアントシアニンができます。アントシアニンは花、果物、野菜、穀物に存在し、赤色、青色、紫色を呈します。赤ブドウ(黒ブドウ)には構造の異なる13種類ほどのアントシアニンが含まれており、品種毎に特有の赤みや黒みを呈します。赤ジソや赤キャベツには、それぞれシソニン、ルブロブラシンという赤紫色のアントシアニンが含まれており、ナスの皮や黒豆の種皮には、それぞれナスニン、クロマミンという青紫色ならびに暗赤紫色のアントシアニンが含まれています。お気付きのように、シソニン、ナスニン、クロマミンという化合物名はシソ、ナス、黒豆に因んで名付けられており、名付け親は日本で最初の女性化学者黒田チカです。
フラボノールの一種クェルセチンの配糖体(グルコースとラムノースからなるルチノースという二糖が結合しています)であるルチンはソバ、グレープフルーツ、レモンなどに含まれており、黄色を呈します。
四大色素の残りはベタレイン(5章野菜「ナデシコ目の野菜①ビートの進化」を参照)で、この色素は窒素原子を含み、フラボノイドと同様に糖と結合した配糖体として存在するため水に溶けやすくなり、細胞内では液胞に含まれています。大きくベタシアニンとベタキサンチンに分類され、ベタシアニンは赤紫色、ベタキサンチンは黄色を呈します。ベタレインはナデシコ科、イソマツ科、ザクロソウ科(これら3つの科の植物はアントシアニンを合成します)以外のナデシコ目の植物にのみ存在します(2章穀類「生物の分類と学名」で説明するように、生物の分類では目の下に科が置かれています)。ベタレインをもつ代表的なものはヒユ科のアマランサスやキヌア、ホウレンソウ、フダンソウ(スイスチャード)、テーブルビート、タデ科のソバ、ツルムラサキ科のツルムラサキなどがあります。
アントシアニンの色の変化
アントシアニンは溶液のpHにより色が変わります。赤ジソに含まれているシソニンは中性では紫色ですが、酸性では赤色、アルカリ性では青色を呈します。赤ジソで梅を漬けると、梅に含まれる酸(クエン酸やリンゴ酸など)により梅が赤く染まるのはこのためです。
原種のアサガオは青い花を咲かせますが、蕾の時は赤紫色で、開花すると青色になるという不思議な性質があります。これはアサガオの花弁細胞の液胞に含まれているヘブンリーブルーアントシアニン(HBA)が、液胞のpHの変化をうけて色彩を変えるためです。蕾の時に液胞のpHは6.6でHBAは赤紫色ですが、開花時にpHが7.7に上がることによりHBAは青色に変化するのです。
アジサイはデルフィニジンという青系のアントシアニジンを含む萼(ガク)が大きく発達した装飾花を咲かせます。原産地は日本であるといわれており、日本最古の歌集「万葉集」に歌われています。
#0773: 言問はぬ 木すら紫陽花 諸弟(もろと)らが 練りのむらとに あざむかれけり
#4448: 紫陽花の 八重咲くごとく 八つ代にを いませ我が背子(せこ) 見つつ偲はむ
アジサイは酸性土壌では青い花を咲かせますが、アルカリ性土壌では赤い花になります。これはデルフィニジン色素とアルミニウムイオンとの結合性によると考えられています。酸性土壌では金属のアルミニウムがイオンとなって溶け出し、アジサイに吸収されてデルフィニジンと結合し青色を呈しますが、土壌が中性やアルカリ性ではアルミニウムが溶け出さず、アジサイに吸収されないためデルフィニジンはアルミニウムイオンと結合せず、赤色を呈するというわけです。
アントシアニンの名の由来となったヤグルマギクの花は青い色をしていますが、アントシアニジンは赤いバラと同じシアニジンです。シアニジンは赤系統の色素ですが、ヤグルマギクではどうして青いのでしょうか。2005年に日本の武田幸作・塩野正明・松垣直宏はヤグルマギクの色素の構造を解析し、本色素の青色は6個のシアニン(シアニジンの配糖体)と6個のフラボンならびに1個の鉄イオン、1個のマグネシウムイオン、2個のカルシウムイオンからなる非常に複雑な構造に起因することを明らかにしました。
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水野秀昭ら 「ブドウの果皮色に及ぼすアントシアニン組成とアントシアノプラストの発達の影響」 Journal of ASEV Japan 15:17-23, 2004
堀 勇治 「女性化学者のさきがけ 黒田チカの天然色素研究関連資料」 化学と工業 66:541-543, 2013
吉田久美 「アサガオの花はなぜ青くなるのか?」 生命誌16号、1997 (https://www.brh.co.jp/seimeishi)
三津和化学薬品株式会社 コラム「日本の四季を化学する-第1回 アジサイの花-」 (http://www.eonet.ne.jp/~mitsuwa-chem/column_BackNum.html)
Shiono, M. et al. “Structure of the blue cornflower pigment” Nature 436:791, 2005