魚介類
魚介類とは水産動物の総称であり、クジラなどの海棲哺乳類を含みます。魚介類に海藻を加えたものが水産物です。私たち人類は海棲哺乳類、魚類(サメやエイなどの軟骨魚類とサケやマグロなどの硬骨魚類)、ヤツメウナギなどの無顎類、ホヤ類、貝類、イカやタコなどの頭足類、ウニ類、ナマコ類、エビやカニなどの甲殻類、クラゲ類など実に多くの種類の魚介類を食料としています。
クジラ
クジラは遺伝子解析からカバに近縁であることが明らかにされ、鯨偶蹄目に属します。鯨偶蹄目は旧来の偶蹄目とクジラ目からなり、偶蹄類にはカバやラクダ、イノシシ、シカ、キリン、ウシ、ヤギなどが含まれます。クジラとカバの共通の特徴としては、①水生である、②水中で交尾や出産、育児をする、③ほとんど毛がない、④汗腺や皮脂腺がない、などが挙げられます。ただし、カバは体表から赤色のヒポスドール酸やオレンジ色のノルヒポスドール酸を含む粘液(しばしば「血の汗」とよばれます)が分泌されており、これらの物質には紫外線を遮断する効果や、抗菌作用が認められています。
今から5,000万年くらい前に、陸生偶蹄類の一群が水中生活に適応し、海に進出してクジラへと進化したと考えられています(写真2-1)。進化の過程で前足は胸鰭へ、尾は尾鰭へと形態変化し、後足は退化しました。魚の尾鰭は縦方向に伸びており、左右の方向に動かして推進するのに対して、クジラの尾鰭は横方向に伸び、上下方向に動かして推進力を得ています。
クジラはマッコウクジラやシャチ、イッカクなど、いわゆる歯をもつ「ハクジラ」と、シロナガスクジラやザトウクジラ、ホッキョククジラなど、歯をもたず上顎から生えた鯨鬚をもつ「ヒゲクジラ」の2つに分類されます。ハクジラのなかで比較的小型のもの(成体で体長4 m程度以下)をイルカとよんでいます。日本でシロイルカとよばれているものはイッカク科に属し、オスの体長はイッカクとほぼ同じ5 mほどに達するので、海外ではベルーガクジラまたはベルーガ(ベルーガとはロシア語で「白い」という意味があるそうです)とよばれたり、あるいはシロクジラともよばれたりします。ハクジラは魚やイカ、カニなどを主に捕食しますが、ヒゲクジラは鯨鬚を使ってオキアミ、コペポーダ(カイアシ類)などの動物プランクトンやイワシ、ニシンなどの小魚を大量に濾しとり食べます。シャチは食性が広く、魚やイカから、海鳥、ペンギン、ラッコ、アザラシ、オタリア、クジラ、サメにいたるまで捕食します。
クジラにはウシと同じように胃袋が4つあります。第一胃は食道が変化したもので、食道胃または前胃とよばれ、消化液を分泌しません。第一胃は大量の食べたものを貯蔵しておく場所です。ウシなどは食べたものを第一胃から口に戻し噛み直すという反芻をしますが、クジラは反芻しません。第二胃は主胃、第三胃は幽門胃とよばれ、これら2つの胃が組織学的に真の胃袋です。主胃と幽門胃からは消化酵素(ペプシンやリパーゼなど)や粘液(ムチン)が分泌されます。第四胃は十二指腸の前半が変化した十二指腸膨大部であり、膵管(消化酵素を含む膵液を分泌する管)が開口しています。
クジラは脂皮とよばれる厚い皮下脂肪に全身が包まれています。脂皮は水中で生活するクジラが体温を奪われるのを防ぐ断熱材として働いており、その厚さは南極海から赤道近くまで回遊するクロミンククジラの3〜5 cmから、北極海とその周辺で暮らすホッキョククジラの約50 cmまでクジラの種により様々です。また、脂肪は体内でエネルギー産生のために代謝されて水が生成されます(これを代謝水といいます)ので、水を飲まないクジラにとり重要な水分の供給源となります。脂皮に含まれる脂質成分はヒゲクジラとハクジラで異なっています。ヒゲクジラではトリグリセリドが主成分ですが、ハクジラではロウ(ワックス)がかなり多く含まれており、特にマッコウクジラでは皮下脂肪の約66%をロウが占めています。ロウは長鎖脂肪酸と長鎖アルコールのエステルであり、人類はトリグリセリドを消化吸収できますが、ロウは消化できません。ヒゲクジラの脂皮を塩漬したものが市販されています。
乱獲によりクジラの数が急激に減少したことから、1946年に鯨資源の保存及び捕鯨産業の秩序ある発展を図ることを目的として国際捕鯨取締条約が結ばれ、これに基づき1948年に国際捕鯨委員会(IWC)が設立されました。日本は1951年にIWCに加盟しましたが、その後も商業捕鯨を続けました。1982年にIWCで商業捕鯨停止が決議され、日本は1987年から南極海での商業捕鯨、1988年から太平洋ならびに沿岸での商業捕鯨を停止しました。捕獲の禁止や制限により、徐々にクジラ資源の回復が見られています。現在はIWC管轄下の大型鯨類の調査捕鯨とIWC管轄外の小型鯨類(イルカを含む)の商業捕鯨が行なわれている程度であり、鯨肉は日本の食卓から遠のいています。
クジラの鳴き声
クジラはハクジラもヒゲクジラも鳴き声を発することが知られています。特に、海のカナリアとよばれるベルーガや歌をうたうザトウクジラは有名ですね。クジラの声には、数秒から十数秒続く連続的な音と、切れ切れに続く断続音の2種類があります。一般的に連続音は仲間とのコミュニケーションに使われ、断続音はソナーとして使われると解されています。連続音には「ピーピーピー」と笛を吹いているように聞こえる高い音や、「ギゥーギゥー」と低く唸るような音などがあります。一方、断続音には「カッカッカッ」と聞こえるようなかん高い音などがあり、これをクリック音といいます。
色の巻「海や湖の色」で説明したように水深が70 m以上になると水面上の光はほとんど届きませんし、光が届く浅い海でも70 m先はほとんど見通すことができません。そこで、クジラは海底の地形や餌の位置などを知るために、エコロケーション(反響定位)を用いています。これは、動物が目標や目的地に到達する定位行動の1つで、自ら発する音の反響を使って行なうものです。コウモリやアブラヨタカなども、夜や洞窟の中など光を利用できない環境下でエコロケーションを用います。音の伝わる速さ(音速)は空気中では340 m/秒程度ですが、水中では1,500 m/秒に達します。
ハクジラ類には頭部にロウなどの脂質を含むメロンとよばれる器官があり、また、鼻腔内に非常に高い周波数のクリック音(1,000〜20万Hz:ヘルツ)を発する発声唇(音唇ともいいます)があります。ヒトは20〜2万Hzの周波数の音波を聞くことができますので、ハクジラの発するクリック音はヒトの耳にはほんの一部分しか聞き取れません。メロンは鼻腔内で発した音波を屈折・収束させるレンズとして機能し、特定の方向にだけ進む指向性の強い音が頭部から前方へ発信されます。反響音は下顎骨で受信し、骨伝導で内耳に伝えられるという仕組みです。
ヒゲクジラ類にはメロン器官や発声唇はないので、どのようにエコロケーションを行なっているかは明らかになっていません。ただ、ハクジラと異なり、発する音波は指向性が弱く、周波数も20〜200 Hzあるいは1,000〜2万Hzの音が使われているようです。
マッコウクジラ
マッコウクジラはハクジラの中では最大であり、オスの体長は16〜18 m、体重は50 tに達し、大きく発達した頭部は体長の1/3くらいを占めます。1851年に発表されたアメリカの作家ハーマン・メルヴィルの小説「白鯨」に登場する白いマッコウクジラ「モビィ・ディック」は有名です。世界的なコーヒーチェーン店スターバックスの店名は、この小説に登場する一等航海士スターバックに由来するといわれています。
マッコウクジラの頭部には脳油器官(いわゆる脳とは異なる器官です)があり、融点約25℃、15.6℃における比重0.884の脂質が大量に入っています。脳油はクジラの体温では液状を呈し、精液に似ていることからスパームオイルsperm oilともよばれています。これがマッコウクジラの英名sperm whaleの由来です。脳油の主成分はロウであり(トリグリセリドも少量含まれています)、鯨ロウともよばれています。このロウは主としてパルミチン酸とセチルアルコールのエステル(パルミチン酸セチル)です。セチルアルコール(炭素数16の直鎖飽和一価アルコール)は鯨ロウから発見されたため、この名があり、セチルcetylは星座のクジラ座Cetusに由来します。鯨ロウは高級ロウソクや石鹸の原料、灯油(トモシアブラ)、精密機械の潤滑油などとして20世紀の後半まで需要があり、大量のマッコウクジラが乱獲されました。
マッコウクジラの脳油器官は深い潜水に役立っていると考えられています。潜水の際には鼻から海水を吸い込み、脳油を冷やして固化させ、頭部の比重を大きくすることにより急速な垂直潜水を可能にします。一方、浮上の際には海水を吐き出し、血液を流して体温で脳油を温めて液化させ、頭部の比重を小さくすることで急速な垂直浮上ができるのです。つまり、潜水のときは頭部が錘の役割を、浮上のときは浮きの役割を果たすという潜水艦のバラスト機能のように働いているようです。マッコウクジラは1時間以上、深度3,000 m位まで潜ることができるといわれています。
色の巻「動物の筋肉の色」で紹介したように、マッコウクジラの筋肉には大量のミオグロビンという酸素結合タンパク質が存在し、大量の酸素を貯蔵できるので、信じられないほど長い時間の無呼吸潜水が可能なのです。骨格筋のミオグロビン含量はウシで約0.5%であるのに対して、マッコウクジラではウシの10倍の約5%もあります。マッコウクジラを含むハクジラ類において、筋肉のミオグロビン含量と潜水時間の間には正の相関性が存在すると報告されています。すなわち、ミオグロビン量が多いほど長い時間潜水できるということです。アカボウクジラやキタトックリクジラも筋肉にそれぞれ約4%および6%のミオグロビンがあり、両者とも1時間以上潜水できることが知られています。
マッコウクジラの頭部の巨大な脳油器官は、深海のイカなどの餌を探すためのエコロケーションにも利用されています。さらに、この器官は獲物を気絶させるための音波スタンガンとして働いているのではないかと考えられています。
世界の漁業と養殖業
国際連合食糧農業機関(FAO)がまとめた「世界漁業・養殖業白書2016年」によると、2014年の世界の魚介類(魚類、甲殻類、軟体動物類などで、海藻を含まない)の漁業総生産量は16,720万トンとなっています。内訳は天然ものが9,340万トン、養殖ものが7,380万トンです。1990年以降天然魚介類の漁獲量は9,000万トン前後で頭打ちになっていますが、一方、魚介類の養殖業は発展し続けており、漁業総生産量に占める養殖生産量の割合は、1990年にはわずか13.4%でしたが、2000年には25.7%、2014年には44.1%に達しています。さらに海藻類の養殖も盛んに行なわれるようになり、1990年の生産量は377万トンでしたが、2000年には931万トン、2014年には2,731万トンに急伸しています。中国における養殖業は大きく発展し、2014年の世界の魚介類および海藻類の養殖総生産量のそれぞれ61.6%および48.8%を中国が占めています。
日本に目を向けますと、農林水産省の「平成28年漁業・養殖業生産統計」では、日本における水産物の総生産量は431.2万トンであり、その内訳は天然魚介類が324.5万トン、養殖魚類(ブリ、マダイ、ウナギなど)が28.3万トン、養殖貝類(ホタテガイ、カキなど)が37.2万トン、養殖海藻類(ノリ類、ワカメ類、コンブ類など)が39.2万トンとなっています。
MSC・ASC認証
人間が自然と調和して生きることができる未来を築くことを目標として世界自然保護基金(WWF: World Wide Fund for Nature)という国際自然保護団体が設立されています。この団体は1961年に設立され、1986年まではWorld Wildlife Fundとして活動していたため、現在もその略称が用いられています。WWFは、①地球温暖化を防ぐ、②持続可能な社会を創る、③野生生物を守る、④森や海を守るという4つの活動テーマを柱に活動をしています。WWFは国際的な海洋保全活動の一環として、国際機関である海洋管理協議会(MSC)と水産養殖管理協議会(ASC)の認証制度の普及をサポートしています。
MSCは責任ある漁業を推奨するために1997年に設立された独立した非営利団体です。MSCは世界の水産物市場を変革し、持続可能な漁業を推進するという取り組みを行なっており、魚種資源の減少から増加への転換、漁業者の生計維持、世界の海洋環境の保全などを目指しています。ある漁業がMSC認証を得るためには、漁獲する漁業の現場だけでなく、水産物の加工・流通の過程もMSC基準に則って厳しい審査を受けます。審査に合格し認証が得られると「持続可能な漁業で獲られた水産物であることを認証した海のエコラベル」というMSCの青いマークをつけて製品を販売することができます。消費者もMSCマークにより、それが水産資源や海洋環境に配慮した製品であることが分かり、安心して水産物を買うことができるわけです。MSC年次報告書2015年度によりますと、2016年3月31日時点において世界36カ国で286の漁業がMSC認証をうけており、その漁獲量は930万トンで世界の天然水産物漁獲量の約10%に達しています。
日本では2017年2月1日現在、3つの漁業がMSC認証を取得しています。一つ目は京都府機船底曳網漁業連合会のアカガレイ漁業(認証取得日2008年9月19日、アジア・日本初のMSC認証取得漁業)、二つ目は北海道漁業協同組合連合会のホタテガイ漁業(認証取得日2013年5月13日)、そして三つ目は宮城県塩釜市の明豊漁業株式会社の一本釣りによるカツオとビンナガマグロ漁業(認証取得日2016年10月17日)です。水産業の盛んな日本においても、今後MSC認証漁業が増えていくことが期待されます。
前述したように、世界における魚介類の養殖業は発展し続けており、漁業総生産量に占める養殖生産量の割合は44%を超えています。しかしながら、養殖業のグローバルな発展に伴い様々な問題が浮かび上がってきています。養殖場を造るための沿岸マングローブ林の急速な破壊、養殖に必要な餌となる小魚の乱獲、養殖場における過剰な餌や養殖個体の排泄物の蓄積、薬物投与による水質汚染などです。そこで、これらの現状を改善し、自然環境と地域社会に対し「責任ある養殖」を推進する国際機関として、2010年にASCが設立されました。ASCは持続可能な養殖を目指し、サケ、マス、ティラピア、パンガシウス(ナマズ類)、アワビ、二枚貝(ホタテガイ、カキ、アサリ、ムール貝)、エビ、ブリ・スギ類の8つの魚介類について、その養殖形態に応じて個別の原則と基準を設けています。MSCと同様に基準に則って厳しい審査を受けてパスすると、「責任ある養殖管理のもとで育てられた水産物であることを認証したASCマーク」を付けて製品を販売することができます。消費者はこのマークにより、自然環境への負荷を最小限に抑え、法令・人権・労働といった社会的な側面でも責任ある経営・管理を行なっている養殖場で生産された製品であることが分かります。2016年10月の時点で、世界で334ケ所の養殖場がASCの認証を取得しています。
三陸沿岸のカキ養殖は2011年3月11日に発生した東日本大震災の津波で大打撃を受けましたが、養殖方法の見直しを含む地道な復興が図られ、2016年3月30日に宮城県漁業協同組合志津川支所のカキ養殖が日本で初めてASC認証を取得しました。ブリ(ハマチ)、ヒラマサ、カンパチなどブリ類の養殖生産量は、1970年以降天然の漁獲量を上回っています。日本は世界のブリ類の養殖生産量の約90%を占め、その輸出量も増えていますので、ブリ類養殖の早期のASC認証が待たれます。
ω3およびω6脂肪酸
不飽和脂肪酸にω(オメガ)3およびω6脂肪酸というものがあります。脂肪酸はカルボキシ基(-COOH)をもち炭化水素(-CH2-)が直鎖状につながったもので、有機化学の規則では、カルボキシ基の隣の炭素原子をα(アルファ)炭素、カルボキシ基と反対側の炭化水素鎖の末端の炭素原子をω炭素とよびます。このω炭素から数えて3番目と4番目の炭素の間および6番目と7番目の炭素の間に最初の二重結合をもつ不飽和脂肪酸を、それぞれω3およびω6脂肪酸とよびます(図2-1参照)。
ω3脂肪酸にはα-リノレン酸やエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などがあります。表2-2および図2-1に示すように、α-リノレン酸は炭素数18で、二重結合を3個もちます。エイコサペンタエン酸という名前の付け方は、エイコサは数の接頭辞で20を表し、脂肪酸の炭素数が20という意味であり、次のペンタは数の接頭辞で5を表し、二重結合数が5ということになります(表2-1を参照)。エン酸とは二重結合をもつ脂肪酸すなわち不飽和脂肪酸のことです。つまり、エイコサペンタエン酸は炭素数20で、二重結合を5個もつ不飽和脂肪酸を表します。一方、ドコサヘキサエン酸は炭素数22で、二重結合を6個もつ不飽和脂肪酸です。
ω6脂肪酸にはリノール酸やアラキドン酸(ARA)などがあります。表2-2および図2-1に示すように、リノール酸は炭素数18で、二重結合を2個もちます。アラキドン酸はエイコサテトラエン酸ともよばれ、炭素数20で、二重結合を4個もっています。
α-リノレン酸とリノール酸はヒトの体内では生合成できない必須脂肪酸であるため、食餌から摂取しなければなりません。これらの必須脂肪酸は植物油に豊富に含まれています。表2-3に示すように、植物油100 g当たりに含まれるα-リノレン酸量はアマニ油57 g、エゴマ油58 gであり、リノール酸量はゴマ油41 g、米油32 g、大豆油50 g、コーン油51 gです。しかしながら、高度不飽和脂肪酸(炭素数20以上で、二重結合を3個以上含むもの)であるEPAやDHA、ARAは植物油には含まれていません。
ω6高度不飽和脂肪酸のARAは生体内でプロスタグランジンやロイコトリエン、トロンボキサンという局所ホルモンに代謝変換されます。これらのホルモンは炎症や組織損傷、血液凝固、血管収縮など多様な生理機能を発揮することが知られています。一方、ω3高度不飽和脂肪酸のEPAやDHAには動脈硬化や脳梗塞、心筋梗塞などの心血管系疾患の予防効果、抗炎症作用、抗アレルギー作用、ドライアイの症状を和らげたり視力を改善したりする効果、記憶や学習能力を向上する効果などが見出されています。今世紀に入り、EPAやDHAからレゾルビンやプロテクチンという抗炎症性脂質メディエーターが生成されることが発見され、ω3脂肪酸がにわかに脚光を浴びています。
ヒトにおいてARAはリノール酸から、EPAはα-リノレン酸から、DHAはEPAから炭素鎖の伸長や不飽和化などにより生成されますが、生成量は十分でないといわれています。国際脂肪酸・脂質研究学会は「α-リノレン酸からEPAへの変換はごく少量であり、さらにDHAへの変換はそれ以上に少なく、ほとんど変換できない」との公式声明を出しています。したがって、ARAやEPA、DHAは食餌から必要量を摂取する必要があります。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2015年版)」によると、ARAやEPA、DHAの一日必要量についての記載はありませんが、ω6脂肪酸の一日当たりの食事摂取目安量は、成人男性で10 g程度、成人女性で8 g程度とされており、また、ω3脂肪酸の目安量は年齢により異なりますが、成人男性で2.0〜2.4 g程度、成人女性で1.6〜2.0 g程度とされています。上述したように、ARAやEPA、DHAは植物油には含まれていませんが、アジやイワシ、サバ、サンマ、ブリなどの魚に多く含まれています。家畜の肉類(牛肉や豚肉、鶏肉など)には、ARAはかなり含まれていますが(可食部100 g当たり20〜80 mg程度)、EPAとDHAは少量含まれるか、あるいは殆ど含まれていません。
文部科学省の「日本食品標準成分表2015年版(七訂)脂肪酸成分表編」に掲載されている生魚の可食部100 g当たりに含まれているARA、EPA、DHAの量を表2-5に示しますので、毎日の食事の献立に役立ててください。
ビタミンDと骨粗鬆症
ビタミンDは脂溶性ビタミンの一種で、くる病治癒因子として発見されました。くる病とは小児期の骨の石灰化不全による成長障害を引き起こす病気です。ビタミンDは小腸でのカルシウム吸収や腎臓でのカルシウムの再吸収を促進し、骨の石灰化(カルシウム沈着)に関与するので、ビタミンD欠乏は大人では骨軟化症や骨粗鬆症などを引き起こします。生体内でビタミンDそのものには生理活性はほとんど認められませんが、肝臓や腎臓でヒドロキシ化(水酸化)を受けることにより活性型ビタミンDに変換され、生理作用を発揮すると考えられています。
人ではビタミンDは、UV-Bという紫外線を浴びることにより皮膚の表皮においてコレステロール生合成の前段階物質である7-デヒドロコレステロール(プロビタミンD)から作られます(紫外線および皮膚については、それぞれ色の巻「紫外線と赤外線」および「人と動物の肌や毛、目の色」を参照してください)。ビタミンDはこのように体内で合成されますが、消化管からのビタミンD吸収が低下すると容易にビタミンD欠乏症に陥ることが知られています。最近の女性は美肌志向から、極端に肌を太陽光に曝すのを避けたり、日焼け止めクリームなどで肌を紫外線から防御したりすることにより、血中ビタミンD濃度が低下していることが報じられています。これは上述したように骨軟化症や骨粗鬆症などにつながりますので、ビタミンDを豊富に含む食餌やビタミンDサプリメントをとることによりビタミンD欠乏症は防ぎたいものです。厚生労働省の食事摂取基準では、成人男女のビタミンDの一日の目安量は5.5μgとされています。ビタミンDは穀物や野菜、果物、海藻などにはほとんど含まれていませんが、魚類には豊富に含まれています(表2-6)ので、お魚を積極的に食べるようにしましょう。
キチン・キトサン
エビやカニなどの甲殻類は、キチンを成分とする外骨格という固い殻で体が包まれています。キチンはN -アセチルグルコサミンが直鎖状に結合した多糖であり、キトサンはキチンを濃アルカリ溶液中での煮沸処理などにより脱アセチル化して得られます。
キチンは生体への親和性が高いことから、人工皮膚や手術縫合糸、人工腱などとして使われています。キチンには、①生体内で異物と認識されにくいため、アレルギー反応が起こりにくい、②生体内でリゾチームなどのキチン分解酵素により分解・吸収される、③創傷治癒促進効果を有する、④止血効果を有するなどの特徴があります。キチンを特異的に分解するキチナーゼを含み生体内での分解速度を制御できる生体吸収性キチン縫合糸も開発されています。
キトサンには血中コレステロールを下げる効果が認められており、この効果は次のような機序で現れると考えられます。胆汁酸(主としてグリココール酸とタウロコール酸という抱合胆汁酸からなります)は肝臓でコレステロールを材料として合成されて十二指腸に分泌され、食餌脂肪を乳化してリパーゼによる分解を促進して体内へ吸収されやすくします。また、分泌された胆汁酸の大部分(約90%)は、回腸で吸収されて肝臓に戻り再利用されます(これを腸肝循環といいます)。キトサンは腸内で胆汁酸と結合する性質があるため、脂肪の乳化が阻害され、脂肪の分解・吸収が妨げられます。また、胆汁酸の吸収すなわち腸肝循環が阻害されるため、肝臓での胆汁酸の新規合成が盛んになり、材料であるコレステロールが消費されて、血中コレステロールが低下します。このように、キトサンは脂質代謝改善効果を有する特定保健用食品として認定されています
キトサンは水銀などの重金属を強く結合する性質があることから水処理剤として利用されたり、抗菌作用があることから除菌ガーゼや医療用抗菌衣料として利用されたりしています。
キトサンを加水分解するとオリゴグルコサミンおよびグルコサミンが生成され、前者には免疫力増強作用、後者には膝痛改善作用が認められています。
自然界に豊富に存在するキチンは上述したように様々に利用されており、今後もさらに利用価値が高まっていくことが期待されています。
フグ毒
フグは主としてフグ科に属する魚の総称です。フグは猛毒のフグ毒テトロドトキシンをもっています。1909年に日本の薬学者田原良純(日本で最初の薬学博士です)によりフグ毒成分が世界で初めて単離され、テトロドトキシンtetrodotoxinと命名されました。これはフグ科の学名Tetraodontidaeと毒素toxinの合成語です。化学構造は1964年に明らかにされました。
ヒトにおけるフグ毒の経口摂取による致死量は1〜2 mgであるといわれています。厚生労働省の自然毒のリスクプロファイルには、フグ毒の毒力の強さはフグの種類や部位により著しく異なり、一般に肝臓と卵巣、皮の毒力が強いと記載されています。フグは種類により食用可能な部位が異なるのです。例えば、トラフグやシマフグなどは精巣、皮、筋肉が食用可能ですが、サンサイフグは筋肉のみが食用可能であり、ドクサバフグは筋肉を含め全ての部位が有毒なため摂食してはならないとされています。日本では毎年30件程度のフグ中毒が発生し、死者も出ています。素人によるフグの取扱いや調理は大変危険ですので、フグ調理師あるいはフグ取扱者等フグ処理の資格を有する者が調理したものを食べるようにしましょう。
中毒症状としては、食後20分から3時間程度の短時間でしびれや麻痺症状が現れ、麻痺症状は口唇から四肢、全身に広がり、重症の場合には呼吸困難で死亡することがあるとのことです。フグ中毒に対する有効な治療法や解毒剤は今のところありませんが、人工呼吸により呼吸を確保し適切な処置が施されれば確実に延命できるようです。
テトロドトキシンはビブリオ属やシュードモナス属の海洋細菌により産生され、生物濃縮によりフグの体内に蓄積されると考えられています。また、この毒素はフグだけでなく、両生類のカリフォルニアイモリ、魚類のツムギハゼ、軟体動物のヒョウモンダコなど多様な生物に存在することが確認されています。
天然フグは毒素を有するヒトデや巻貝を餌にするので毒素がたまりますが、イワシやアジなど毒素をもたない特定の餌だけで育てた無毒のフグが生産されています。
貝柱が美味しいホタテガイとタイラギ
ホタテガイは主に三陸以北の海水温が比較的低い海域に生息していますが、一方、タイラギは主に伊勢湾以西の比較的温暖な海域に生息しています。ホタテガイとタイラギは大きな貝柱(閉殻筋)が特徴であり、グリコーゲンが貝柱に豊富に含まれています。グリコーゲンはデンプンのアミロペクチンに似た、ブドウ糖からなる多糖であり(「ご飯の粘り」を参照)、動物の筋肉や肝臓に多く含まれています。貝柱のグリコーゲン含量は季節変動が大きく、ホタテガイでは6月頃、タイラギでは4月頃に最高となり、いずれも貝柱重量の7%前後を占めるようになります。グリコーゲン含量はその後徐々に減少し、ホタテガイでは1月頃に、タイラギでは10月〜12月にかけて0.5%以下になります。貝柱の刺身がおいしいのはグリコーゲンを多く含む時期であるといわれています。
ミルキーなカキ
カキはミルクのように白く、栄養価が高いことから「海のミルク」とよばれています。タンパク質やグリコーゲンのほか、亜鉛、銅、セレンなどのミネラルやタウリン、ビタミンB12も豊富に含まれており、ヒトが一日に必要な亜鉛、銅、セレン、ビタミンB12の量はカキの可食部100 gで十分賄うことができます。ビタミンB12は「赤いビタミン」とよばれ、貧血に有効です。
タウリンtaurineは1827年にウシの胆汁中から発見され、その名はギリシャ語の雄牛Taurosに由来するといわれています。哺乳類ではタウリンは主として食餌から摂取されていますが、肝臓や脳、心臓などでシステインというアミノ酸から生合成もされています。肝臓ではコレステロールから生成される胆汁酸のコール酸とタウリンが結合してタウロコール酸という抱合胆汁酸がつくられ、十二指腸に分泌されて、食餌脂質の消化吸収に関与します。ネコはタウリンを生合成できないので、食餌から摂取するのが必要不可欠です。ネコにタウリン欠乏食を与えると網膜に重篤な障害がおこり、失明にいたることが報告されています。タウリンは肝臓や脳、心臓などに高濃度で存在し、その抗酸化作用により、これらの臓器を酸化障害から防御しています。また、好中球にもタウリンは高濃度で存在し、抗炎症作用を発揮します。
日本ではマガキが主流ですが、イワガキも近年人気が出てきています。マガキは北海道のサロマ湖や厚岸湖から、三陸海岸、瀬戸内海、九州の有明海に至るまで日本で広く養殖されています。広島県は全国のカキ生産量の60%以上を占めています。前述したように、宮城県のカキ養殖は日本で初めてのASC認証を受けています。マガキのグリコーゲン含量は季節変動が大きく、2月〜3月頃に3〜5%のピークとなります。マガキの美味しい時期はグリコーゲン含量の高くなる冬といわれています。
イワガキは東北から九州まで広く生産されており、多くは天然貝ですが、島根県隠岐島や京都府などでは養殖も行われています。冬が旬のマガキに対して、イワガキは夏季においてもグリコーゲン含量が高く美味しいため「夏ガキ」とよばれ人気があります。
シジミ
日本に生息するシジミにはヤマトシジミ、マシジミ、セタシジミの3種類があり、ヤマトシジミは汽水域に、マシジミとセタシジミは淡水域に生息しています。セタシジミは琵琶湖水系の固有種であり、この湖から流れ出る唯一の河川である瀬田川(この川は京都府で宇治川、大阪府で淀川となり、大阪湾に注いでいます)付近で、昔は沢山獲れたことからこの名前があります。汽水とは海水と淡水とが混じり合っている塩分濃度が低い水のことです(水の巻「淡水・汽水・海水」を参照してください)。全国的に流通しているヤマトシジミの主な産地は島根県の宍道湖(シンジコ)、青森県の十三湖と小川原湖、茨城県の涸沼(ヒヌマ)、北海道の網走湖などの汽水湖、ならびに木曽三川や涸沼川などの汽水域です。昭和40年から50年頃は、シジミ漁獲量は5万トン前後ありましたが、その後環境改変による資源減少が原因で減少し、現在では1万トン近くまで落ち込んでいます。シジミ資源の回復を目指して、漁獲量の制限、体長制限、禁漁区の設定などによる資源管理が行なわれています。
シジミを食べる前に砂抜きをしますが、真水で砂抜きをすると旨味成分であるコハク酸、アラニン、グルタミン酸、グリシンが半減しますので、食塩が1%程度入った塩水で砂抜きをすると旨味成分が失われません。シジミをザルに入れ、シジミの殻の一部が水面すれすれになるようにして酸欠を防ぐことも、砂抜きでは大切です。砂抜き後、長期間保存のために冷凍しても味は落ちません。
シジミには肝機能を高める効果のあるオルニチンが豊富に含まれていますので、お酒を飲んで弱った肝臓を癒すにはシジミ汁がよいといわれています。また、カキと同様にビタミンB12も豊富に含まれています。
巻貝
アワビやサザエ、ツブなどは日本人には馴染みの巻貝として食べられています。
アワビはミミガイ科アワビ属の大型巻貝の総称で、クロアワビ、メガイアワビ、マダカアワビ、エゾアワビ、トコブシ、ミミガイなどがあります。コリコリした歯ざわりが特徴で、刺身やステーキ、酒蒸しなどに調理されます。干しアワビやアワビの煮貝などの加工食品としても販売されています。
サザエはリュウテン科リュウテン属の種で、北海道南部から九州まで、外海に面した磯に主に生息します。可食部の約20%がタンパク質で、刺身や殻ごと焼いた壷焼きとして食べます。
日本でツブあるいはツブ貝として市販されているものは、エゾバイ科エゾバイ属のエゾバイやヒメエゾバイ(コエゾバイ)、スルガバイ、オオカラフトバイ、クビレバイ、シライトマキバイ、ヒモマキバイ、エゾバイ科エゾボラ属のエゾボラやヒメエゾボラ、エゾボラモドキ、ヒメエゾボラモドキ、フジツガイ科アヤボラ属のアヤボラ、カブトアヤボラ、テングニシ科テングニシ属のテングニシなど多種にわたります。一般に「マツブ」とよばれているものはエゾボラ、沿岸の浅瀬で採れる「磯ツブ」はエゾバイやヒメエゾバイ、ヒメエゾボラ、細長く螺状の筋が明瞭な「灯台ツブ」はオオカラフトバイやクビレバイ、シライトマキバイ、ヒモマキバイ、殻の表面に毛が多い「毛ツブ」はアヤボラを指します。
フランス料理で有名なエスカルゴはカタツムリ(蝸牛)を料理したものです。フランス語ではエスカルゴはカタツムリそのものを指します。カタツムリの別称はマイマイ(舞舞)であり、これは舞舞螺(マイマイツブリ)の略称です。カタツムリは陸棲巻貝の総称ですが、料理にはHelicidae科Helix属のブルゴーニュ種(リンゴマイマイ)、プティ・グリ種、グロ・グリ種、トルコ種などが使われています。ブドウ畑などで育つ天然エスカルゴと穀類などの餌で育てる養殖エスカルゴが流通していますが、養殖ものがほとんどのようです。三重県松坂市の三重エスカルゴ開発研究所は、養殖が難しいブルゴーニュ種の完全養殖に世界で初めて成功し、エスカルゴ牧場を経営しています。
貝毒
貝類がもつ毒素を貝毒といいますが、これはフグ毒と同じように貝類自身が産生するものではありません。渦鞭毛藻類や珪藻類などの植物プランクトンが毒素を産生し、その藻類を食べることで貝類が毒化するのです。厚生労働省の自然毒リスクプロファイルによると、貝毒には二枚貝の下痢性貝毒や麻痺性貝毒、神経性貝毒、記憶喪失性貝毒などと、巻貝の唾液腺毒などがあります。
下痢性貝毒にはオカダ酸やジノフィシストキシンなどがあり、これらの毒素はホタテガイ、アサリ、マガキ、ムラサキイガイ、ホッキガイなどの中腸腺に濃縮されます。中腸腺とは消化管の中腸に開口する盲嚢状の器官であり、食物を取込んで消化酵素を分泌して消化します。中毒症状は消化器系の障害であり、食後短時間で下痢、吐き気、おう吐、腹痛が現れ、通常3日以内に回復します。後遺症はなく、死亡例もないようです。毒素は熱に安定で、調理加熱では分解しません。食中毒防止のため、下痢性貝毒は高感度・高精度機器分析法により検査され、可食部1 kg当たり0.16 mgオカダ酸当量を超えたものは出荷規制されています。
麻痺性貝毒にはサキシトキシンやゴニオトキシンなどがあり、日本ではホタテガイ、アサリ、マガキ、ムラサキイガイなどの二枚貝のほか、マボヤとウモレオウギガニでも食中毒が発生しています。毒素は貝類では中腸腺に濃縮されます。中毒症状はフグ毒中毒によく似ており、食後30分程度で軽度の麻痺が始まり、麻痺は次第に全身に広がり、最終的には呼吸麻痺により死亡することがあるようです。毒素は調理加熱では分解しません。食中毒防止のため、麻痺性貝毒はマウス毒性試験で検査され、可食部1 g当たり4マウスユニットを超えたものは出荷規制されています(1マウスユニットは体重20 gのマウスを15分間で死亡させる毒量です)。
神経性貝毒はブレベトキシン、記憶喪失性貝毒はドウモイ酸が毒成分として同定されていますが、これらの貝毒による食中毒は日本では発生していないようです。
巻貝の唾液腺毒はテトラミンが毒成分であり、前述した多種のツブで食中毒が発生しています。毒素はツブの唾液腺に濃縮され、調理加熱では分解しないので、調理の前に唾液腺をきちんと除去することが必要です。中毒症状は激しい頭痛、めまい、船酔い感、酩酊感、足のふらつき、眼底の痛み、目のちらつき、おう吐感などで、食後30分から1時間程度で発症し、数時間で回復するようです。死亡することはないとされています。
海藻
海藻は日本をはじめ東アジアでは海の野菜sea vegetableとして好んで食べられていますが、西洋では海の雑草seaweedと称して食卓に上ることはほとんどありません。色の巻「海藻の色」で説明したように、日本で食べられている海藻は主に緑藻、褐藻ならびに紅藻です。
コンブやワカメ、モズクなどの褐藻に含まれている機能性色素フコキサンチンについては、すでに色の巻「植物色素の機能性」で紹介しました。褐藻類にはヌメリ成分として水溶性食物繊維アルギン酸やフコイダンが含まれています。
アルギン酸は1883年スコットランドの化学者スタンフォードにより褐藻類から単離、命名された粘質多糖で、マンヌロン酸とグルロン酸という2種類のウロン酸から構成されています。アルギン酸自身やアルギン酸カルシウムは水に不溶性ですが、アルギン酸のナトリウムあるいはカリウム塩は水溶性です。食品分野では増粘剤や安定化剤、ゲル化剤、乳化剤、麺質改良剤などとして利用されています。低分子化アルギン酸ナトリウムはコレステロールの吸収を抑える働きがあるので、血清コレステロール値の高めのヒト用の特定保健用食品の成分として許可されています。人工イクラの皮膜にはアルギン酸が使われています。医療分野では手術糸や創傷被覆剤などとして、化粧品分野では増粘剤や保水剤などとして利用されています。
フコイダンは1913年スウェーデンのウプサラ大学教授キリンによりヒバマタ属Fucusの褐藻から発見され、当初はフコイジンと命名されましたが、後に多糖の国際命名基準によりフコイダンと変更されました。フコイダンは硫酸化フコースを主な構成成分とする高分子多糖で、フコース以外にグルクロン酸、ガラクトース、マンノース、キシロースなども結合しています。フコースの名前はフコイダンから発見されたことに由来します。褐藻の種類により構成成分の異なるフコイダンが存在します。抗腫瘍作用が認められ、現在盛んに基礎研究と臨床研究が進められています。
海藻には、ヒトにとって必須元素であるヨウ素(ヨードともいいます)が豊富に含まれています。ヨウ素は甲状腺ホルモン(チロキシンとトリヨードチロニン)を合成するのに必要です。日本人は海藻などからヨウ素を十分に摂取しているので欠乏症になることはほとんどありませんが、土壌にヨウ素が欠乏している国や海藻を食べる習慣のない国では、食塩にヨウ素を添加するなどして欠乏症を防いでいます。ヨウ素が欠乏すると甲状腺機能低下が起こり、強い全身倦怠感、無力感、皮膚の乾燥、体のむくみなどの症状が現れ、小児の場合には発育障害や知的障害にいたる場合があります。
テングサ(紅藻類テングサ属のマクサやオニクサなどの総称)を茹でて溶かし、煮汁を冷まして固めた食品を「ところてん」(心太あるいは心天と書きます)といい、天突きという道具で突き出して細い糸状とし、辛子醤油や酢、黒蜜などをかけて食べます。ところてんは、かなり昔(奈良・平安時代)から食べられていたようです。
江戸時代のある冬の極寒の時期に、使い残しのところてんを戸外に置いたところ凍ってしまい、しばらく放置しておいたところ水分が無くなり乾物状態になっていたそうです(いわゆる凍結乾燥されたのです)。これに水を加えて煮ると再び溶け、冷やすとまた固まるという現象が発見されました。この乾物がいわゆる寒天の原点です。
現在、寒天は主として紅藻類テングサ属やオゴノリ属の海藻を原料として製造され、羊羹やゼリーなどの菓子材料ならびに工業用材料として用いられています。寒天の成分はアガロースとアガロペクチンという2種類の多糖です。アガロースは、D-ガラクトースと3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースからなる二糖のアガロビオースが直鎖状に多数結合した中性多糖であり、アガロペクチンはアガロビオース単位に硫酸基が結合し、更にグルクロン酸やピルビン酸を含む複雑な酸性多糖です。科学の分野では、寒天ゲルは細菌の培養実験などに、アガロースゲルは核酸の電気泳動実験などに用いられています。
寒天と並んでもう1つ紅藻類スギノリ目の海藻から抽出される多糖にカラギーナン(カラギナン、カラゲナンあるいはカラゲニンともよばれます)があります。カラギーナンはアイルランド南東部の海沿いの町カラギーンCarragheenで集積されたトチャカという海藻(これはスギノリ目スギノリ科ツノマタ属に分類され、Irish mossあるいは町の名からカラギーンともよばれています)から1844年に初めて抽出され、町名あるいは海藻名に因んで名付けられたということです。カラギーナンはD-ガラクトースと3,6-アンヒドロ-D-ガラクトースが交互に直鎖状に多数結合した多糖であり、硫酸基を有します。一見すると、寒天の成分であるアガロースに似ていますが硫酸基を有する点と、アンヒドロガラクトースがアガロースではL型ですが、カラギーナンではD型である点が異なります。L型とD型は鏡像異性体のことです。色の巻「海藻の色」のところで説明したアカバギンナンソウ(これはスギノリ目スギノリ科アカバギンナンソウ属に分類されます)から作られるアカハタモチはカラギーナンのゲル化を利用したものと考えられます。カラギーナンは日本では寒天ほどよく知られていませんが、デザートや乳製品などの増粘・ゲル化剤、ハミガキの粘度調整剤、芳香剤のゲル化剤、医薬品のカプセルなどに幅広く利用されています。