目次
野菜の分類/ 野菜の多糖/ ヌルヌル野菜/ 砂糖/ 機能性オリゴ糖/ ウリ科植物の苦み/ ニガウリの苦み/ ショウガの辛みと香り/ アブラナ科根菜類・葉菜類の辛み/ トウガラシの辛み/ コショウの辛み/ サンショウの辛み/ ネギ属植物の匂い/ タマネギ涙/ 黒ニンニク/ キャッサバ、トマト、ジャガイモの毒性成分/ 果物/ ビタミンCと壊血病/ ビタミンの発見
野菜の分類/ 野菜の多糖/ ヌルヌル野菜/ 砂糖/ 機能性オリゴ糖/ ウリ科植物の苦み/ ニガウリの苦み/ ショウガの辛みと香り/ アブラナ科根菜類・葉菜類の辛み/ トウガラシの辛み/ コショウの辛み/ サンショウの辛み/ ネギ属植物の匂い/ タマネギ涙/ 黒ニンニク/ キャッサバ、トマト、ジャガイモの毒性成分/ 果物/ ビタミンCと壊血病/ ビタミンの発見
野菜は食用の草本植物であり、食用とする部位により根菜類、葉菜類、果菜類に分けられます。
根菜類は根や地下茎、鱗茎、担根体を食用にするものです。根には肥大した直根(ゴボウやニンジン、ダイコン、カブ、テーブルビート、テンサイなど)ならびに側根や不定根に由来する塊根(サツマイモやキャッサバ、ヤーコンなど)があります。地下茎には球茎(サトイモやコンニャクイモなど)や根茎(レンコンやショウガ、ワサビなど)、塊茎(ジャガイモやキクイモなど)があります。鱗茎とは短縮茎に葉(鱗葉)が重なり合い層状になっているものであり、タマネギやニンニク、ラッキョウ、ユリなどがあります。担根体とは根でも茎でもないヤマノイモ属に特有の器官であり、ヤマノイモやナガイモなどがあります。
葉菜類は葉や茎、花を食用とする野菜のことです。主に葉を利用する葉野菜にはホウレンソウ、コマツナ、アブラナ、カラシナ、ワサビナ、ノザワナ、ミズナ、チンゲンサイ、ネギ、ニラなどの葉が広がっている非結球性のものと、キャベツ、ハクサイ、レタスなどの葉が丸くかたどる結球性のものがあります。アスパラガスやウドなどは茎を利用するもので茎菜類とよばれることがあります。また、花の部分を利用するものにはカリフラワーやブロッコリー、ミョウガ、食用ギクなどがあり、花菜類とよばれます。
果菜類は果実を主に食べる野菜のことであり、トウガラシ、ピーマン、パプリカ、シシトウ、オクラ、ナス、トマト、キュウリ、シロウリ(別名ツケウリ)、メロン、カボチャ、ズッキーニ、ユウガオ、トウガン、スイカ、ニガウリ(別名ゴーヤ)、イチゴ、バナナ、トウモロコシ、エダマメ、インゲン、エンドウなどがあります。果菜類の分類で意外と驚くのが、キュウリ、シロウリ、メロン、カボチャ、ズッキーニ、ユウガオ、トウガン、スイカ、ニガウリは全てウリ科の植物であることです。カボチャは漢字で南瓜、スイカは西瓜、トウガンは冬瓜と書くのはそのためです。ウリ科の特徴は蔓性であることです。ただし、ズッキーニは蔓がありません。さらにウリ科の中でもメロンはキュウリ属に、ズッキーニはカボチャ属に分類されます。
メロンやスイカ、イチゴ、バナナは野菜というより、どちらかというと果物(クダモノ)の感覚で食べられている気がします。農林水産省のホームページで検索してみると、「野菜と果物の分類については、はっきりした定義はありません」と書かれていますが、生産分野では一般的に野菜は①田畑に栽培されること、②副食物であること、③加工を前提としないこと、④草本性であることという特性をもつ植物であると記載されています。果物は果樹と分類され、木本性の永年作物とされています。バナナは草本性なので野菜ということになります。
トウモロコシは「世界三大穀物」のところで、大豆やインゲン豆、エンドウは「豆」のところで記載したように完熟したものを乾燥させて利用する場合もありますが、野菜として食される場合もあります。トウモロコシは完熟前のものを茹でたり、焼いたりして食べます。エダマメは未熟な大豆の豆を食べますし、サヤインゲンは未熟な軟莢種のインゲン豆を莢ごと食べます。エンドウは軟莢種をサヤエンドウやスナップエンドウとして莢ごと食べる場合と、完熟直前の豆をグリーンピースとして食べる場合があります。
野菜はビタミンやミネラル、食物繊維やフィトケミカル(抗酸化作用の強い物質などの総称)を豊富に含む点に特徴があります。個々の野菜について、それらの成分を記載するのは他の多くの野菜についての書物に譲ることとし、本書では化学的視点から野菜の特性を整理してみたいと思います。
サツマイモやキャッサバ、ジャガイモ、サトイモ、ヤマノイモ、ナガイモなど、いわゆるイモ類の多くはデンプンを貯蔵しており、穀類と同様にエネルギー源に適しています。ジャガイモ、キャッサバ、サツマイモは世界三大イモ類の地位を占めています。
ユリ根やレンコンもデンプンが主成分ですが、食物繊維も豊富に含まれています。
キクイモやゴボウ、ニンニクはイヌリンというフルクトース(果糖)からなるホモ多糖(フルクタンといいます)を貯蔵することが知られています。ラッキョウにはラッキョウフルクタンというイヌリンと構造の異なるフルクタンが含まれています。フルクタンは栄養学的には水溶性食物繊維の一種です。コンニャクイモにはグルコマンナン(コンニャクマンナンともいいます)というマンノースとグルコースが約3:2の割合で結合したヘテロ多糖が含まれており、これからコンニャクが製造されます。ホモ多糖とは1種類の単糖から構成されている多糖であり、ヘテロ多糖とは2種類以上の単糖から構成されている多糖のことです。
イモ類のサトイモやヤマノイモ、ナガイモのヌルヌルした「ぬめり」は、ガラクタン(ガラクトースからなる多糖)やマンナン(マンノースからなる多糖)などによります。サトイモは生食には適しませんが、ヤマノイモとナガイモは摺りおろして「とろろ」にしたり、短冊切りにしたりして生で食べることが多いようです。オクラにもガラクタンやペクチンが含まれており、糸を引くような粘性があります。
砂糖は、化学的には単糖のグルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)が結合した二糖のショ糖のことであり、「光合成産物の行方」のところで説明した転流の主要物質です。私たちが日常口にする食品の甘み成分としてなくてはならないものです。
世界で生産される砂糖の約70%はサトウキビ、約30%がテンサイから精製されています。サトウキビはイネ科の植物で、茎が竹のように木化して節があり、節と節の間の内部の髄にショ糖が貯蔵されています。テンサイ(サトウダイコン、ビートともよばれます)は、直接食用にしない肥大した直根にショ糖を貯蔵しています。
テーブルビートは一見赤カブと似ていますが、テンサイと同じアカザ科の植物で、その赤い色は色の巻「花、野菜、果物、穀物の色」で説明したベタレインという色素によるものです。ショ糖が多く含まれているため、ヤーコンのように甘い野菜です。
タマネギは光合成産物をデンプンではなく、グルコースやフルクトース、ショ糖として貯蔵しているので甘味をもっていますが、辛味が強いため甘く感じません。この辛味は加熱することにより無くなり、甘味がでてきます。
大豆には糖質成分としてスタキオース(ガラクトース2分子、グルコース1分子、フルクトース1分子からなる四糖)ならびにラフィノース(ガラクトース1分子、グルコース1分子、フルクトース1分子からなる三糖)という「大豆オリゴ糖」が含まれています。オリゴ糖とは2〜10個くらいの単糖から構成される糖質の総称です。大豆オリゴ糖は胃や小腸で消化吸収されることなく大腸に達し、善玉菌であるビフィズス菌の増殖を促して整腸作用を示すので、これを関与成分とした特定保健用食品が許可されています。
テンサイにはショ糖のほかにラフィノースというオリゴ糖が比較的多く含まれており、大豆オリゴ糖と同様に善玉菌であるビフィズス菌の増殖を促し、整腸作用があります。
キクイモに含まれているイヌリンは乾燥や低温のような外的刺激によって低分子化し、「フラクトオリゴ糖」になることが知られています。フラクトオリゴ糖はグルコース1分子にフルクトースが2〜4分子結合したオリゴ糖であり、整腸作用やミネラルの吸収促進作用が認められています。キクイモと同じキク科植物のヤーコンにはイヌリンはほとんど含まれておらず、フラクトオリゴ糖やショ糖、グルコース、フルクトースが貯蔵されているので強い甘みがあります。
イヌリンをイヌリナーゼという酵素で加水分解して得られる「イヌロオリゴ糖」は、フルクトースが3〜5分子結合したオリゴ糖であり、前述したフラクトオリゴ糖とは異なります。イヌロオリゴ糖には、免疫細胞の活性化作用や整腸作用が認められています。
ウリ科植物には本来苦み成分であるククルビタシン(ウリ科Cucurbitaceaeに由来)というククルビタントリテルペノイドが少量含まれていますが、通常苦みはほとんど感じません。ヘチマやヒョウタンにはククルビタシンを多く含むものがあり、食用には不適です。大量のククルビタシン摂取により、唇のしびれ、吐き気、おう吐、腹痛、下痢などの食中毒症状がでるからです。ククルビタシンの少ないヘチマやヒョウタンは食用にされています。ユウガオはヒョウタンから苦みの少ないものが食用として選別された変種で、干瓢(カンピョウ)の原料として利用されたり、煮物や炒め物として食されたりします。しかしながら、ごくまれに大変苦みの強いユウガオがあり、これを食べると食中毒になるので注意が必要です。
ズッキーニは「蔓なしカボチャ」ともよばれ、食材として人気が高い野菜です。しかしながら、ククルビタシンの多い、非常に苦いものがあり、これを食べて食中毒になった事例がありますので、苦いズッキーニに当たったときは食べないようにしましょう。
ニガウリはゴーヤという呼び名の方が一般的かもしれませんが、蔓性の植物の実で、レイシ(ライチ)に似ているところから、農学分野ではツルレイシとよばれるようです。日本の南西諸島や南九州で栽培が盛んでしたが、健康食品として人気が上がり、今日では日本全国で栽培されるようになっています。主に未成熟な緑色の状態で収穫し、ゴーヤチャンプルーなどとして食べます。
ニガウリはその名の如く苦みのある野菜であり、苦みはチャランチンやモモルデシンという物質に因ります。それぞれの名はニガウリの学名Momordica charantiaに由来しています。チャランチンはステロールグルコシドであり、モモルデシンはククルビタシンと同じククルビタントリテルペノイドの仲間ですが、これらには毒性はありません。また、ニガウリには食中毒を引き起こすククルビタシンはほとんど含まれていません。ニガウリの抽出物には血糖降下作用や抗腫瘍効果などが報告されており、現在も研究が進められています。
ショウガは日本料理の香辛料の代表選手で、様々な料理に利用されています。「ショウガおろし」はカツオの刺身や冷奴の薬味として欠かせないものですし、薄くスライスした甘酢漬けはお寿司には欠かせないパートナーです。梅酢に漬けて作った紅ショウガは焼きそばやたこ焼き、牛丼、ちらし寿司などに色取りとして添えられます。
生のショウガの主要な辛み成分はジンゲロールですが、ショウガを乾燥したり加熱したりすることにより、ジンゲロールがショウガオールやジンゲロンという辛みのより強い物質に変わります。ショウガには芳香成分として、シトラール(ネラールとゲラニアールのシス-トランス異性体があります)、ジンギベレン、ゲラニオールなどが含まれています。
ショウガには上述したように様々な辛みや香り成分が含まれており、これらの成分には血管拡張作用による保温効果や食欲亢進作用、抗菌・抗真菌(カビ)作用が認められています。
ダイコンやカブ、ワサビはアブラナ科の根菜類で、イソチオシアネート(ITC)という物質による独特の辛みがあります。ITCはカラシ油ともよばれ、食欲増進作用があります。
ダイコンやカブに含まれているITCは4-メチルチオ-3-ブテニルITCです。カイワレダイコンのピリットした辛みもこれに因ります。ITCが含まれていると書きましたが、ITCそのものが最初から含まれているわけではなくて、ダイコンやカブをおろしにしたり、切ったりして組織を壊すことにより、アブラナ科植物の師部に特有のミロシン細胞に存在するミロシナーゼという酵素が柔細胞の液胞に含まれている辛み前駆物質であるグルコシノレート(カラシ油配糖体)と接触し、これを加水分解して辛み成分が生成されます。若いダイコンほど辛み成分は多く、また、1本のダイコンでは先端に近づくほど辛み成分が多くなることが知られています。ダイコンやカブを煮物にすると辛み成分や前駆物質は熱分解され、辛みはなくなります。
ワサビの根茎を摺りおろしたものは寿司や刺身、茶漬け、蕎麦など日本料理の薬味として利用されます。また、ワサビの葉柄や花茎を収穫した葉ワサビや花ワサビも「おひたし」として食され、ワサビおろしと同じような鼻につんとくる爽快な辛みを楽しむことができます。ワサビの辛みは、シニグリンというグルコシノレートがミロシナーゼの作用で加水分解されてできるアリルITCという物質に因ります。
その他のアブラナ科のカラシナやタカナ、ワサビナなどの葉菜類にはワサビと同じアリルITCが含まれています。カラシナの種子を粉末にして水で練った黄色いカラシは納豆やおでんの必需品です。クレソン(オランダガラシともいいます)やキャベツに含まれるフェネチルITCならびにブロッコリーに含まれるスルフォラファンには、がん予防効果が認められています。
トウガラシはナス科トウガラシ属の植物で、その果実が香辛料あるいは野菜として食用にされています。メキシコ原産といわれています。漢字で唐辛子と書くことから中国の「唐」の時代に日本に伝わったと思われがちですが、クリストファー・コロンブスが1492年に到達した西インド諸島で入手してスペインに持ち帰ったものがヨーロッパに広まり、日本へは鉄砲とほぼ同じ16世紀中頃にポルトガル人により伝えられたといわれています。唐は外国(西洋諸国や南洋)を意味することばで、唐辛子は南蛮辛子あるいはただ単に南蛮ともよばれます。
そば屋さんなどに置いてある定番の調味料の七味唐辛子(七色唐辛子ともよばれます)は江戸時代に作られたといわれており、トウガラシを主原料とし、副原料にケシの実や陳皮(ミカンの果皮など)、ゴマ、サンショウ、菜種、麻の実などが用いられています。
トウガラシの辛みはカプサイシンという化学物質に因り、カプサイシンという名称はトウガラシ属Capsicumに由来します。トウガラシには防虫効果があることが古くから知られており、雛人形や五月人形などの保存に利用されてきました。カプサイシンには発汗作用ならびに強心作用が認められています。
トウガラシをすり潰して発酵・熟成させ、酢を加えた調味料がタバスコTABASCOで、1868年にアメリカのルイジアナ州でエドマンド・マキルヘニーにより作られました。当初、使い捨ての香水の瓶にタバスコを入れて販売したことから、特徴的な形の瓶が現在も継承されています。
トウガラシの栽培品種にピーマンやパプリカ、シシトウがあります。ピーマンとパプリカにはカプサイシンは含まれていないため辛くないのですが、シシトウには10個に1個ほどの割合でカプサイシンを含む辛いものがあり、「食べるロシアンルーレット」とよばれています。ピーマンは明治初頭にアメリカから伝来し、名前はトウガラシを意味するフランス語piment(ピマーンと発音します)に由来します。パプリカはハンガリー生まれの品種で、一般にピーマンより肉厚で大きいのが特徴です。ピーマンもパプリカも赤や黄、橙など様々な色彩のものがありますが、両者を区別する方法は果肉の厚さと形の違いぐらいしかありません(色の巻「果物や野菜の熟成に伴う色の変化」を参照してください)。
コショウはコショウ科コショウ属の蔓性植物で、その果実は香辛料として利用されています。インドが原産地です。黒コショウは緑色の未熟な実を収穫し、長時間かけて乾燥したものであり、黒い外皮が含まれるため黒い色をしています。白コショウは赤く完熟した実を収穫し、乾燥後水に漬けて外皮を柔らかくして剥いで乾燥したものです。黒コショウの方が白コショウより辛みや香りが強いといわれています。コショウにはシス-トランス異性体であるシャビシンとピペリンという辛み成分が存在し、シャビシンの方がピペリンより辛みが強いようです。これらの成分には抗菌作用、防腐作用、防虫効果が認められています。
サンショウはミカン科サンショウ属の落葉低木で、雄株と雌株があり、雌株にのみサンショウの実が成ります。サンショウは木本性ですので、野菜ではありませんが、野菜の辛み成分と並べた方が理解しやすいと思い、ここで説明します。「山椒は小粒でもぴりりと辛い」ということわざがありますが、この辛みはサンショオールとサンショアミドという物質に因ります。また、リモネンやゲラニオール、シトラールという香り成分も含まれています。未熟な果実は茹でて佃煮にしたり、「ちりめん山椒」にしたりします。熟した果皮の乾燥粉末(粉山椒)は、鰻重の香辛料として、あるいは七味唐辛子の材料に用いられます。
ヒガンバナ科ネギ属の植物には非常に多くの種が含まれており、食用にされるものもたくさんあります。鱗茎を食べるものにニンニクやタマネギ、ラッキョウなどがあり、葉を食べるものにネギ、ニラ、チャイブ、アサツキ、ギョウジャニンニクなどがあります。ネギ属の植物には、ニンニク臭やタマネギ臭といわれる独特の匂いがありますが、この匂い物質は、生の食材に最初から存在するのではなく、食べるときに切り刻んだり、摺りおろしたりすることにより無臭の前駆物質から生成されます。
ニンニクの場合、主な前駆物質アリルシステインスルホキシド(別名2-プロペニルシステインスルホキシド、通称アリイン)にアリナーゼ(アリイナーゼまたはアリインリアーゼともよばれます)という脱離酵素(加水分解酵素とは異なります)が作用して、アリルスルフェン酸が生成されます。次いで、このアリルスルフェン酸が2分子脱水縮合してアリシン(別名ジ-2-プロペニルチオスルフィネート)という匂い物質ができます。アリインとアリナーゼはニンニクの異なる細胞に存在するため、無傷のニンニクにはアリシンは存在しませんが、ニンニクの組織を壊すことにより両者が混ざり合い、アリシンが生成されるのです。アリシンからは更に、ジアリルジスルフィドやアホエンという物質ができ、前者には強いニンニク臭がありますが、後者にはありません。アリシンやジアリルジスルフィド、アホエンには抗菌・抗カビ作用、抗血液凝固作用、抗酸化作用、抗腫瘍作用など有用な生理作用が認められており、ニンニクは強烈な臭いを有するにもかかわらず、今から5,000年以上前の古代エジプトの時代から人類の食文化に欠かせない食材であり続けています。
ニラやラッキョウなどにはメチルシステインスルホキシド(通称メチイン)、タマネギやネギ、アサツキなどにはn -プロピルシステインスルホキシドが主な前駆物質として存在し、アリナーゼの作用でそれぞれ匂い物質に変化します。
スイセンをニラと誤って食べたり、イヌサフランをギョウジャニンニクと間違って食べたりすると、おう吐や下痢などの食中毒の症状がでますし、イヌサフランの場合は死亡の危険性がありますので、十分鑑別して食べるようにしましょう。ニラやギョウジャニンニクには独特のニンニク臭があるので判別できます。スイセンにはリコリンやガランタミン、タゼチンというアルカロイド、イヌサフランにはコルヒチンというアルカロイドが毒性成分として含まれています。
タマネギを包丁などで切ると涙がでるのは、プロパンチアールS-オキシドという催涙因子が気化して、目を刺激するからです。しかしながら、この物質はタマネギの細胞に最初から存在するのではなく、前駆物質の1-プロペニルシステインスルホキシド(これはニンニクのアリインとは構造的に少し異なり、イソアリインとよばれます)からアリナーゼにより1-プロペニルスルフェン酸という中間物質ができ、さらにこれに催涙因子合成酵素(この酵素はハウス食品の研究グループにより発見されました)が作用して生成されます。前述したネギ属の匂い物質と同様に、前駆物質と酵素はタマネギの異なる細胞に存在しているので、タマネギの組織を壊すことにより初めてこれらが混ざりあい接触して酵素反応がおこり、催涙因子ができるのです。イソアリインはタマネギに豊富に存在しますが、他のネギ属の植物には含まれていないようです。
最近、黒ニンニクの人の健康への効能が注目されています。生の白いニンニクを65〜70℃、湿度30%で30日間ほど熟成させる(これは微生物による発酵ではありません)と、フルクトースなどの糖質とアミノ酸との間にメイラード反応(糖化反応)という非酵素的褐変反応がおこり、メラノイジンという褐色物質が生じるため、黒いニンニクができます。これは色の巻「果物や野菜の褐変反応」のところで説明した酵素による褐変反応とは異なります。メイラード反応はフランスの化学者ルイ・カミーユ・マイヤールにより1912年に発見されました(フランス語のMaillardマイヤールは英語読みではメイラードになります)。メラノイジンは「メラニンに似た物質」に由来しますが、その化学構造は明らかになっていません。熟成の間に、ニンニクの臭い物質はほとんど消失し、替わりにポリフェノールやS-アリルシステインが増加します。これらの物質には、強力な抗酸化作用や血流促進作用(冷え性の克服)、免疫力増強作用、抗がん作用、大腸発がん予防効果などが認められますので、黒ニンニクによる健康増進が期待できます。
キャッサバは南米のブラジルからパラグアイにかけての地域が原産で、紀元前8,000年頃には中央ブラジル西部で栽培化されたといわれています。
トマトとジャガイモはナス科ナス属の植物で、南米アンデス山脈の高原地帯(ペルー、エクアドル付近)が原産といわれています。野生種トマトはメキシコに運ばれ、栽培化され食用になったと考えられています。アステカ文明の時代の16世紀初めにスペイン人によりヨーロッパに持ち帰られ、広められました。ジャガイモはインカ文明の火を灯した食料であり、16世紀後半にインカのお土産としてスペイン人が自国に持ち帰り、その後ヨーロッパ全域に広がりました。
キャッサバにはリナマリンやロタウストラリンという有毒な青酸配糖体が含まれており、適切に毒抜きをしないで食べると、これらの青酸配糖体からシアン化水素が産生されて死亡する場合があります。
トマトの葉や茎、未熟な果実にはトマチンという毒性グリコアルカロイドが含まれており、この物質には抗菌作用や昆虫への忌避作用が認められています。完熟トマトにはほとんど含まれていませんので、普通の量を食べる限り問題はないようです。
ジャガイモの芽や皮(特に日が当たって緑色になった部分)にはソラニンやチャコニンという毒性のあるポテトグリコアルカロイド(PGA)が多く含まれており、食べると20分後くらいから、吐き気、おう吐、腹痛、下痢、脱力感、頭痛、めまい、呼吸困難などの中毒症状がでることがあります。大量に摂取すると、死亡するケースもあるようです。ジャガイモの皮はしっかりむき、芽は根元を含めて完全に取り除いて食べるようにしましょう。未熟なものには、品種によって可食部にも多くのPGAが含まれています。小学校の理科の授業などで栽培したジャガイモによる食中毒が毎年のように起こっていますが、これは未熟な小さいジャガイモを茹でて皮ごと食べたり、不適切な栽培でイモの部分に日が当たり、皮が緑変したものを食べたりすることが原因のようです。PGAの中毒量は大人で200〜400 mgといわれていますが、子どもは20 mg程度でも中毒が発症するようですので注意が必要です。
「野菜の分類」のところで説明したように、果物(クダモノ)は木本性永年作物である果樹の果実のことで、フルーツともよばれます。果樹は落葉性果樹、常緑性果樹ならびに熱帯果樹に大きく分けられます。落葉性果樹にはナシ、リンゴ、サクランボ、モモ、イチジク、カキ、キウイ、ブドウ、ブルーベリーなどが含まれます。常緑性果樹としては、いわゆる柑橘類とよばれるミカン科のミカン、ユズ、スダチ、レモン、ライム、オレンジ、グレープフルーツ、キンカンなどがよく知られています。タチバナは日本固有の柑橘類ですが、酸味が強いため生食用には向かないとされています。京都御所紫宸殿に植えられている「右近の橘」は、「左近の桜」とならんで日本文化を伝承する代表的なものの一つです。1937年(昭和12年)に制定された文化勲章のデザインは、橘の五弁の花の中央に三つ巴の曲玉を配し、鈕(チュウ)にも橘の実と葉が用いられています。徳島県原産のスダチはユズと近縁で、食酢として使われたことから酢橘(スタチバナ)と名付けられ、転じてスダチとなったそうです。カラタチはミカン科ですが、落葉性であり、その名は唐橘(カラタチバナ)に由来するといわれています。熱帯果樹は熱帯から亜熱帯に分布する常緑性の果樹で、その実はトロピカルフルーツとよばれます。日本ではマンゴー、パイナップル、パパイア、アボガド、ライチなどがよく食べられています。
イチゴやメロン、スイカなど果物のように食べられる野菜は果実的野菜として分類されています。
果物や果実的野菜の特徴は何といってもその甘みの強さとビタミンCの豊富さです。甘みはショ糖やブドウ糖、果糖に因ります。ブドウ以外のフルーツや果実的野菜を原料にして造られる醸造酒はフルーツワインとよばれ、ハスカップ、ヨウナシ、モモ、リンゴ、ザクロ、サクランボ、イチゴ、メロンなどから独特の風味をもつワインが造られています。ワインに関しては、「酒の巻」に詳しく紹介してありますので、参照してください。
ビタミンCは後述するように、壊血病を予防する非常に重要なビタミンです。柑橘類などの酸味はビタミンCに因るものではなく、クエン酸やリンゴ酸などの有機酸に因ると考えられています。
ビタミンCはほとんどの動物では体内でグルコースから新規合成できるため、食餌から摂取する必要はありません。しかしながら、私たちヒトを含む霊長類は6,000万年ほど前にビタミンC合成経路の最終段階を触媒する酵素L-グロノラクトンオキシダーゼを欠損したため、ビタミンCを体内で生合成することができません。霊長類のほかに、モルモット(テンジクネズミ)やコウモリも体内でビタミンCを合成できないことが知られています。そのため食物から必要量を摂取する必要があります。厚生労働省が推奨する成人の一日当たりの摂取量は100 mgです。ビタミンCは果物や野菜に豊富に含まれているため、欠乏症になることはほとんどありません。比較的ビタミンCを多く含む野菜と果物を表2-4に示しますので参考にしてください。
15世紀半ばから17世紀半ばまで続いた大航海時代において、長期間の船旅で新鮮な野菜や果物が不足することにより多くの船員が壊血病に罹り命を落としました。ポルトガルからアフリカ大陸南端を回り、モザンビーク海峡を通りインドへの航路を開拓したヴァスコ・ダ・ガマの艦隊(1497年〜1499年)や、スペインから南アメリカ大陸南端を回り、太平洋・インド洋を航海して史上初めて世界一周を達成したフェルディナンド・マゼランの艦隊(1519年〜1522年。マゼランは航海の途中1521年にフィリピンで戦死しました)の船員の多くが航海途中で壊血病により死亡したと伝えられています。
現在この病気はビタミンC欠乏により起こることが分かっています。皮膚や骨、腱、軟骨、歯などの主要な構成成分であるコラーゲンは私たちの体の総タンパク質の3分の1以上を占めています。コラーゲンを構成するプロリンやリシンというアミノ酸がビタミンC存在下で酵素的にヒドロキシ化(水酸化ともいい、ヒドロキシ基−OHを導入することです)されることにより、水に不溶性で強度の高いコラーゲン繊維が合成されます(鉄の巻「生物における鉄の役割」を参照)。ビタミンCが欠乏すると丈夫なコラーゲンができないため、皮膚や粘膜、歯肉の出血、歯の脱落などが起こり、全身が衰弱し、立つこともできなくなります。壊血病は英語でscurvyといい、「壊血病患者」あるいは「壊血病の」はscorbuticといいます。ビタミンCはアスコルビン酸ascorbic acidともよばれますが、これは抗壊血病効果をもつ酸anti-scorbutic acidに由来します。
スコットランドの医師ジェームズ・リンドは1753年に「壊血病は新鮮な野菜や熟した果物により予防できる」ことを提示し、水兵の食餌にはレモンやライムなどの果物、あるいはザワークラウト(キャベツの漬物)が添えられるようになり、壊血病を予防することができるようになりました。1768年〜1771年にかけて大西洋、太平洋、インド洋を航海したイギリスのジェームズ・クック(通称キャプテン・クック)は船員に柑橘類やザワークラウトを食べさせることにより、ただの一人も壊血病で失わなかったといわれています。当時はレモンやライム、キャベツに含まれるどのような物質が壊血病の予防に有効であるかは明らかではありませんでしたが、1932年にビタミンCが有効成分であることが判明しました。
古くからビタミン欠乏症として脚気や壊血病などが知られていますが、実際にどのような化学物質(ビタミン)が欠乏してこのような病気を引き起こすかが明らかにされたのは20世紀になってからです。ビタミンは糖質、脂質、タンパク質、無機質(ミネラル)と並び、五大栄養素の1つです。
最初のビタミンの発見は脚気の研究から生まれました。脚気とは心不全や末梢神経障害をきたす疾患であり、心不全による下肢のむくみ、神経障害による下肢のしびれなどが起こります。日本では、平安時代以降に玄米を精白した白米を食べていた京都の皇族や貴族などを中心に脚気が発生していたようです。江戸時代になると一般の武士や町民も白米を食べるようになり、脚気はさらに広がったといわれています。
1890年代にインドネシアのジャワで診療にあたっていたオランダの医師クリスティアーン・エイクマンは、実験的にニワトリに白米を食べさせると脚気の症状が現れることに気付きました。彼は抗神経炎的な物質の抽出について初期の研究を行い、これが米糠には存在するが、白米には存在しないことを見出しました。1910年に日本の農芸化学者鈴木梅太郎は脚気に効く成分を米糠から抽出しオリザニンと命名しましたが、純粋なものではなかったようです(純粋に単離されたのは1931年とされています)。時を同じくして、1911年にポーランドの生化学者カシミール・フンクも米糠に含まれる抗脚気因子を抽出することに成功しました。彼はその因子にアミンの性質があることを認め、バイタル・アミン(vital amineすなわち生命維持に必要なアミン)から「ビタミンvitamine」と名付けました。これは現在ビタミンB1(別名チアミン)とよばれています。
1920年にイギリスの化学者ジャック・ドラモンドは柑橘系果物から抗壊血病因子(ビタミンC)を抽出するのに成功しました。ビタミンCにはアミンの性質はなかったため、彼はビタミンの英語の綴りはvitamineの語尾のeを省いてvitaminとすることを提唱し、これが受け入れられました。1927年にハンガリーの生化学者セント-ジェルジ・アルベルト(ハンガリー語では名前は日本語と同様に姓名の順で標記します)は、ウシの副腎(アドレナリン合成に必要なビタミンCが豊富に含まれています)から還元性物質ヘキスロ酸を単離・結晶化しました。その後ハンガリー特産のパプリカ(「トウガラシの辛み」を参照)から大量のヘキスロ酸を精製し、1932年これがビタミンCであることを明らかにしました。翌年の1933年にイギリスの化学者ウォルター・ハースによりビタミンCの構造式が決定され、これにより大航海時代より人々を苦しめてきた壊血病を防ぐ化学物質の正体が解明されたのです。
現在ヒトのビタミンとして、水溶性のもの9種(ビタミンB1、B2、B6、B12、ナイアシン、パントテン酸、ビオチン、葉酸、ビタミンC)と脂溶性のもの4種(ビタミンA、D、E、K)の合計13種が認められています。これらのビタミンの個々の作用については多くの書籍に記載されていますので、本書では割愛させていただきます。